ビジネスパーソンに聞く仕事術
ポルトガルの美しい町並みを背景に、かわいらしい少年・ミゲル君が「消~臭~力~」と大人顔負けの歌唱力で歌い上げる――。
2011年4月から放映して大ヒットしたテレビCMをはじめ、印象に残る広報・宣伝活動を展開しているエステー株式会社。同年にはCM総合研究所/CM DATABANK発表の企業別CM好感度TOP10で7位に入り、消臭力のテレビCMは「BRAND OF THE YEAR」の「消費者を動かしたCM展開」に4年連続で選ばれています。
そんな同社が広報活動に力を入れ始め、広報専門の部署を設けたのは2000年のこと。それまでは宣伝部の一機能として、取材依頼が入ったときだけ、わずか“0.5人”が対応する体制だったそうです。
同社が広報に注力し始めたのには、どんな理由があったのでしょうか。同社広報部の発足時から同部門をリードしているコーポレートコミュニケーション部門 部門長 兼 広報部 部長の中村吉見氏に伺いました。
貴社で広報業務を本格的に取り組んだのは2000年からだと伺いました。どのような背景があって決まったことだったのでしょうか?
当社は1998年に社長が交代したことをきっかけに、さまざまな新しい取り組みを始めました。その1つとして2000年4月、以前はマーケティング部門に所属していた広報業務が社長直轄となり、私が1人で広報業務に当たることになりました。
それまで当社の広報活動は、ほとんど受け身。取材依頼が入ったら1人と言わず“0.5人”が対応するくらいで、お付き合いしているメディアも業界専門紙中心でした。
「それだけでは情報発信が不十分だ」と考え、社長は広報部を新設したのでしょう。私も「業界向けに情報を発信しているだけではダメだ。もっと世の中に向けて広く発信していかなくては」と感じていましたから、広報活動を始めてからはそれまで接点がなかったメディア関係者にも人脈を広げ、関係を深められるように努めました。少しずつ実績を残し、現在はIR、ホームページ担当を含め4名体制で広報活動に取り組んでいます。
そうした広報活動に取り組んだ成果については、どのようなやり方で評価・分析していますか?
まず1つには、メディアに掲載された件数を集計しています。2000年に172件だった掲載件数が2014年には858件に。ミゲル君を起用した「消臭力」のCMが話題になった2011年には、1163件にまで増えました。
もう1つ、広告換算値でも評価するようにしています。ここ数年は毎年、広告換算で十数億円ほどの効果が出ていますね。この数字を額面どおり受け取ることはできないかもしれませんが、「この媒体に載ると広告換算でいくらになり、影響度が大きい。特に力を入れてアプローチしよう」といったように、その媒体の影響度を図る指標の1つとして役立てています。
貴社の広報部と宣伝部は、非常に良好な関係で、協力しながら業務を進めていると伺いました。
広報にしても宣伝にしても、同じお客様を相手にコミュニケーションを取るわけです。お客様から見れば、同じ「エステー」という会社であって、情報の出所が広報なのか宣伝なのかは関係ありませんよね。広報部と宣伝部とで異なる手法を用いて情報発信するにしても、お客様に情報を届ける以上、できるだけ部門間の情報共有を密にして協力した方がいいと考えています。
ただ、そうかといって「会議を毎週開いて部門間で情報共有しているから大丈夫だ」という考え方では意味がないと思いますね。空き時間を見つけては立ち話をするなど、本当に日々のコミュニケーションが大切なんです。情報は刻一刻と変わりますから当社では、私が宣伝部長と同じエレベーターに偶然乗り合わせたときに、その場で「そういえばあの件は……」といった話をするなど、本当に機会があるたびに情報交換するように努めています。
そうした関係性を日ごろから築き上げているからこそ、宣伝部が新しく仕掛けたテレビCMなどに取材依頼が入ったとき、齟齬なくスムーズに対応できているのだと思います。
広報部と宣伝部が協力することで、具体的にはどのようなメリットが生まれていますか?
例えば当社の場合、テレビCMに対して取材依頼が入ることが多くなっています。広報部としても、そうしたテレビCMに関するプレスリリースを配信するようにしていまして、プレスリリース作成時のネタを集めるため、必ずCM撮影現場に広報部のスタッフも参加するようにしています。
一般的なテレビCMのプレスリリースと言えば、「タレントの○○さんを起用しました」といった内容になるでしょう。ですが当社の場合、「○○さんを起用した」という点以外にも、「新しいCMは、タイの道路を2kmにわたって封鎖して撮影した」「タレントさんが車に乗り込むシーンでは絵コンテ以上に足が上がり、タレントさんの身体能力の高さにスタッフ全員が驚かされた」といった撮影中のエピソードや演出に込めた狙いなどの情報も加えて配信するようにしています。そうすることで、お客様が家族でテレビCMを見てくれたときに、「このCMには、こんな裏話があってね」と話題にしてくれて、より強く印象に残るかもしれませんよね。
そうした表から見えない裏の情報を加えたプレスリリースを配信できるのも、宣伝部と広報部が協力して、“同じお客様を相手にコミュニケーション”しようと努めているからだと思います。
宣伝部との連携を深めることが、プレスリリースの内容を充実させることにもつながっているんですね。
最近配信したプレスリリースの中で、特に効果があったと感じたものは、どんなものでしょうか?
当社が主催するミュージカル「赤毛のアン」をPRするために配信したプレスリリースですね。当社は社会・文化活動の1つとして、ミュージカルを毎年主催していまして、今年で18年目。13年前から「赤毛のアン」を上演しています。
その「赤毛のアン」で、今年から主役のアン・シャーリー役が変わることになりました。昨年まではモーニング娘。の元メンバーである高橋愛さん。今年は上白石萌音さんを迎えることになったんですね。
上白石さんは、第7回「東宝シンデレラ」オーディション審査員特別賞に選ばれ、2014年上映の「舞妓はレディ」主演で日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞した若手女優。まだ17歳で非常に将来有望な方です。
ただ残念なことに、現時点では「上白石萌音」という名前をご存知の方はそれほど多くはありません。「今年からアン役は上白石萌音さんになります」とストレートにPRするだけでは、注目を集めることは難しいと考えました。
そこでPR TIMESの方とPR戦略について話し合い、まずは3月初旬に「17才。上白石萌音が赤毛のアンになる。」というプレスリリースを主にWebニュースメディア向けに配信しました。最初に「上白石さんってどんな人?」というような人物紹介の切り口で、Webニュースメディアに記事掲載してもらえないかと、PR TIMESにメディアへの個別プロモートを行ってもらったのです。
そのとき、メディア関係者に伝えたのは、2月に実施したミュージカル宣伝用のスチール写真を撮影したときのエピソードです。彼女の公式YouTubeチャンネルでもその歌声が披露されていますが、彼女はスキマスイッチの「奏」という曲が好きで、写真撮影中にアカペラで歌ってくれたんです。そうしたら、撮影場所の近くで打ち合わせをしていたスタッフたちが聞き惚れてしまい、思わずみんな無言に。そんなエピソードを伝えたら、メディアの方が興味を持ってくれたようで、ニュース記事として掲載してくれました。
そのように、あらかじめWebで話題をつくっておいた後で、記者会見を3月17日に開き、主にテレビ・新聞のメディア関係者を招きました。
テレビ・新聞関係の仕事をしているアンテナの鋭い人たちは、日ごろからWebニュースで最新動向をチェックしているものです。事前にWebメディアに向けて興味を引くような情報を流して上白石さんの話題をつくっておくことで、テレビ・新聞関係者の興味を引き出しておこうという狙いがありました。
そうして開いた記者会見で意識したのは、特にテレビ番組向けの絵をつくること。テレビと言えば、音と映像です。テレビ番組で流すときに栄える場面を演出しようと、上白石さんにクライマックスで歌唱するシーンを披露してもらったんです。
もう1つ、上白石さんの魅力を伝えるだけでなく、「赤毛のアン」自体にも興味を持ってもらうことが重要でした。17歳の上白石さんが登場したとき、ベテランの出演者たちが温かく迎えてくれる。「赤毛のアン」の世界を連想させるそんな場面も用意しておきました。
そうしたPR戦略が奏功したのか、3月初旬のWebメディアに向けて発信した情報は209サイトに掲載され、17日の記者会見後にも「めざましテレビ」などのテレビ番組3件と新聞8紙、Webメディア191サイトに取り上げてもらえました。
その結果、「赤毛のアン」の特設サイトへの流入数は、前年と比べて3倍以上に増えましたね。
最後に、今後の広報活動について、どのような点に取り組んでいきたいか、中村様のお考えを伺えないでしょうか。
企業から情報発信する上で、プレスリリースは重要なツールの1つです。当社ではプレスリリースをより多くのメディアに届けようと、2014年6月からPR TIMESの利用を始め、これまでに30件近くのプレスリリースを配信してきました。
ただ、プレスリリースを一斉配信すれば終わりという訳ではありません。面識のあるメディア関係者には個別に送り、泥臭くお願いして回るようにしています。
もっと言えば、プレスリリースという手段以外にも、情報発信する手段があるとも考えております。
きっかけになったのは、ミゲル君と歌手の西川貴教さんが共演したCMを制作したときのことです。西川さんが千葉県松戸市で開催したライブの会場にミゲル君がサプライズで登場して、西川さんと一緒にステージで歌う。そのシーンを撮影してCMに利用しようと考えたのですが、その光景をプレスリリースでどうやって伝えようか考えていました。
そのとき、西川さんから「ライブ会場のステージからお客様をバックにして、ミゲル君と2人で肩を組んだ写真をスマートフォンで撮影して、それをTwitterに投稿してもいいですか?」と提案していただきました。臨場感を伝えるには、それが一番だと思いましたね。これが事実上の情報開示となりました。
そのように、プレスリリースをはじめ、企業が情報を発信する手段は複数あります。情報発信の手段についてそれぞれの特性を踏まえ、伝えたいメッセージが狙いどおりに伝わる手段を吟味しながら、今後も広報業務に取り組んでいきたいと思います。