EVENTS 09

<PR TIMESカレッジレポートVol.3>いま求められるPR思考 (18年11月開催)

  • 西野亮廣(キングコング|『えんとつ町のプペル』著者)
  • 浜田敬子(BUSINESS INSIDER JAPAN 統括編集長)
  • 今井久美子(アマゾンジャパン 広報本部 シニアPRマネージャー)

DATA:2019.03.01

PR・コミュニケーション領域の最新動向が学べるコミュニティイベント「PR TIMESカレッジvol.3」を2018年11月13日に開催しました。

第3回目のテーマは「いま求められるPR思考」。

絵本『えんとつ町のプペル』の著者として活躍するクリエイターの西野亮廣氏、2018年に「SmartNews大賞」を受賞した急成長中の経済オンラインメディア「BUSINESS INSIDER JAPAN」統括編集長の浜田敬子氏、新しい事業や取り組みを「お客様目線で書いた1枚のプレスリリース」から始める文化があるアマゾンジャパンの広報本部シニアPRマネージャーである今井久美子氏に登壇いただき、今企業として実践できる「パブリックリレーションズ」の本質について考えるヒントを伺いました。

信用とコミュニティがより大切な時代における情報発信や関係深化

お金を稼ぐか、信用を稼ぐか。この時代にどんなポジションを取るべきか


 5000~1万部も売れればヒットと言える絵本業界で、累計37万部も売り上げた『えんとつ町のプペル』。発売前、「何とかして売りたい」と思っていた著者の西野亮廣氏は、「普段、自分がどんなものを買っているか」と考えました。その結果、西野氏自身、書籍などの作品はほとんど買わないものの、旅行したときの記憶を思い出させるお土産にはお金を払っていることに気が付いたそうです。

 『えんとつ町のプペル』を売りたいのなら、“お土産化”すればいい。そう考えた西野氏は、これまでに描いた絵本の原画を無料で貸し出すことに。それらを展示する原画展を全国各地で開催してもらうことで、『えんとつ町のプペル』を“お土産”として販売する仕組みをつくり上げたのでした。

 もう1つ、『えんとつ町のプペル』の特徴として、分業制で制作したことが挙げられます。キャラクターをデザインする人、街をデザインする人など、それぞれが得意分野を担当。西野氏は分業に必要な資金をクラウドファンディングで調達し、延べ1万人から5600万円ほどを支援してもらうことに成功しました。

 自身の経験を踏まえ、西野氏は「お金とは信用」であり、「クラウドファンディングとは信用をお金に替える両替機」だと指摘します。

 スポンサーへの配慮からうそをつかざるを得ない芸能人が信用を失っていく一方、まずい料理には「まずい」と言える堀江貴文さんのような人たちが信用されるようになってきています。スポンサーが払う広告費も後者に向かうようになってきている現状を踏まえ、「『お金を稼ぐか、信用を稼ぐか』『この時代にどんなポジションを取るのか』と考える必要がある」と西野氏は呼び掛け、「僕の結論を言ってしまうと、それなら信用を稼いだ方が生きやすい」と話を結びました。

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ミレニアル世代がターゲット。経済オンラインメディア「Business Insdier Japan」

メディア視点での「PR思考」、読まれるニュースの特徴

 Business Insider Japanの統括編集長を務めている浜田と申します。Bsuiness Insiderは、10年前にアメリカで創刊された経済オンラインメディアです。世界17カ国で展開しておりまして、日本版は2017年1月にローンチしました。

 グローバル展開する中で共通しているのは、ビジネスメディアとしては珍しく、20~30代のミレニアル世代を読者ターゲットとしていることです。


 アメリカではミレニアル世代の人口が多く、政治的な影響力も強いです。2018年11月の中間選挙で、民主党が下院で過半数を獲得した原動力の1つがミレニアル世代だったとも言われています。一方、日本のミレニアル世代はどうでしょうか。人口は多くないものの、上の世代と比べて消費に対する考え方などが違っています。取材をしていて、彼らの考え方はおもしろいなと感じることが多いです。

 そうした理由もあって、私たちはミレニアル世代に求められる情報、ニュースを発信するメディアをつくっていきたいと思っています。経済ニュースを中心に、テクノロジー、キャリア、国際に関するニュースを伝えています。意識しているのは、20~30代のビジネスパーソンが必要とするニュースを360°網羅できるようにメディアということです。

読者の3分の2以上が18~39歳、30%超が女性読者の異例な経済メディア

 どうしても経済メディアには「硬い」というイメージがあるのか、読者の平均年齢が高くなりがちです。特に、紙から始まったメディアは昔からの読者がオンライン版も読むようになりますので、主な読者層が40代以上になる傾向があります。

 それに対してBusiness Insiderは、経済メディアなのに本当に若い世代から支持されていまして、読者の3分の2以上が18~39歳です。「若い人は経済メディアに掲載されるような深い記事を読んでくれないのではないだろうか」と思う人もいるかもしれません。ですが伝え方を工夫すれば、政治、経済、国際などの深い記事も若い世代に読んでもらえると実感しています。

 もう1つ、女性読者が多いのもBusiness Insiderの特徴です。今日、アクセス解析ツールの数字を見てきたら、読者の30%超が女性でした。勢いのある経済メディアでも女性読者の比率は15%以下だという話を聞いたことがあります。中には5%以下のメディアもあるそうです。経済メディアとしては男女区別なく読まれるユニセックスなメディアだと言えます。

 最近のトピックスとしては、SmartNews Award 2018において、ここ1年間の成長が認められて「SmartNews大賞」を受賞しました。9月からはNTTドコモが配信する「dTVチャンネル」の「NewsX」という番組で、金曜担当のメディアに選ばれ、経済、テクノロジーなどのテーマを深掘りしています。

やりたいことを先延ばししない、好きなことを譲らない

 ここから本題に入ります。本日は、ミレニアル世代とはどんな世代なのか、BusinessInsider はこれまでにどうやって記事を作成してきたのか、メディアと企業の関係性がここ最近どのように変わってきているのか、という3点について話をさせていただきたいと考えております。


 ミレニアル世代と会話をしていますと、「フェアでありたい」「正しくもうけたい」「仲間が大事」「自分1人だけが勝ちたくない」という発言が多いように感じます。利益を得られたとしても、独り占めするのではなくてみんなでシェアしたいという感覚なのです。

 「どうしてそう考えるようになったのか」と聞くと、リーマン・ショックと東日本大震災の影響が大きいと感じています。ミレニアル世代は高校生や大学生のときに、ボランティアとして被災地を訪れたことがある人が多いのです。現場を体験したことで人生観が大きく変わり、「人はいつ死ぬか分からない」「人生について考えるいいきっかけになった」と言っていました。

 ですから、ミレニアル世代はやりたいことを先延ばしにしません。例えば、20代で起業する人が増えてきています。これまでなら、まずは大企業に入って20年ほど経験を積んでから起業していたかもしれません。ミレニアル世代はそうではなく、「起業したいのなら今やってみて、失敗したらまたやり直せばいい」という考え方のようです。

 同じような理由から、いつ自分にも何があるか分からないからこそ、「好きなことを譲らない」という考えも強いです。おもしろいのはお金の感覚で、ブランドもののハンドバッグなどは欲しがらないのに、スターバックスでは惜しまず好きなものをトッピングしています。日々の生活をほんの少しだけ豊かにしてくれるものにはお金を払うけれども、会社には白のTシャツと青のジーンズというお金のかからない格好で通う人が多いです。

総合職より一般職を目指す、自分のライフプランに対して忠実

 ミレニアル世代は、非常に不安を感じている世代でもあります。

 「高学歴女子はなぜ今、あえて一般職を目指すのか」という記事を配信したところ、Yahoo! JAPANのトップページに表示されるトピックスにも選ばれて、非常に読まれました。。早稲田大学や慶應義塾大学を卒業した女性が総合職ではなくて一般職に就いている。彼女たちに「なぜ能力があるのに、男性と同じ仕事をする総合職を目指さなかったのか?」と聞くと、「結婚して共働きになってもずっと働きたいから一般職を選んだ」という答えが返ってきました。総合職を選んだら、いつ転勤を命じられるか分からないし、長時間労働から逃れられない。「結婚して子どもを産む」という自分のライフプランを実現するには、一般職の方がいいと言うのです。

 そうしたミレニアル世代の女性たちは、今付き合っている彼氏がいるわけでもないのに、「30歳までに結婚して子どもを産む」と決めています。生き急ぐ必要はないのにと私は思うのですが、「自分はこういう人生を歩みたい」と決めていて、その計画に忠実であろうとしているように感じます。

ただ情報を載せるのではなく、取材対象者の内面に迫れるように


 ここからは、ヒットした記事を例に挙げながら、私たちがどのように記事を作成しているか、具体的に紹介していきましょう。

 「メガバンク若手の転職希望者急増、現実は嫁・親ブロックで内定辞退も」という記事もYahoo!のトピックスに選ばれました。みずほフィナンシャルグループが新卒採用人数を半減するなど、銀行が採用人数を大幅に減らすというニュースが流れました。そして「転職市場でも銀行関係者の転職希望者が増えている。ある人材紹介会社では4割増えた」という情報を記者がキャッチして、記事にするために動き出しました。

 その情報をそのまま記事にするやり方もありますが、私たちは取材対象者の内面に迫れるように心掛けています。手間は掛かっても、銀行を辞めてベンチャー企業に転職した人などを探してきまして、「なぜ転職したのか」と取材しました。

 そうして実際に取材してみると、新しい事実を見出せることもあります。最近は妻から反対されて転職できないことを「嫁ブロック」と言うようになりましたが、銀行から転職しようとする人に話を聞くと「親ブロック」の方が多いそうなんです。こうした事実は、統計やプレスリリースだけからでは分からなかったことでしょう。

チャットツールで盛り上がった話題を記事に、読者の反応から記事化することも

 次に「年収低い方が家事育児を担うのは当然か『俺ぐらい稼ぐなら喜んで仕事減らすよ』と妻に言い放つ夫」という記事もよく読まれました。今の若い世代は、共働きが当たり前です。家事・育児は男女でフェアに分担しようとします。それでも現状では、女性の方が家事・育児の負担は大きいでしょう。

 この記事では、30代の共働き世帯に取材しました。20代男性はこのタイトルのような発言をすることは少ないですが、特に30代後半の男性には「年収が低いお前が家事・育児をやった方が効率的だ」と言う人が多く、女性を激怒させる現象がよく起きているようなのです。

 この現象を記事にしたきっかけは、私たちの編集部で働く女性社員のぼやきから始まりました。私たちはSlackというチャットツールを使っていまして、そこで「夫が家事をやってくれない」という書き込みに対して、すごく盛り上がりまして。「これはおもしろいから、記事にしたら読まれるのでは」と考えました。

 この記事には、読者からたくさんのコメントが書き込まれました。おもしろかったのは男性からのコメントで「僕たちは、こういう理由があって早く帰宅できず、家事ができない。だから男性側の事情も取材してください」と依頼があり、続編の記事も制作することになりました。

「エバーグリーンコンテンツ」になった“漂流男子”

 アメリカのBusiness Insiderでは、長期間にわたって読まれ続ける記事のことを「エバーグリーンコンテンツ」と呼んでいます。「『極力働きたくない』渋谷系“漂流男子”夢は仮想通貨リタイア」という記事は、まさにそれで、ある意味典型的なミレニアル世代の価値観を伝えることができました。

 この記事に登場する男性は、一流企業に就職したのにどこの職場でも上手くいかず、「自分には働くことは向いていない」と家賃の低い地方に移住して、「仮想通貨のマイニングで食べる」と言っているわけです。でも、個人が仮想通貨のマイニングをやっても、ほとんどの人が1日に100円くらいしか稼げません。それでも夫婦で生活を極限まで切り詰めて、お金を使わずに暮らすようにしているそうです。

 住むところや仕事に縛られず、自分の気持ち次第で自由に住む場所も変えていく。“漂流男子”が読まれたのは、自分はできないけれど、こういう生き方をどこか切望する人が多いのかなと思いました。

半年以上もかけて取材交渉、話題になったニュースを深掘り

 「初任給40万円の中国企業、ファーウェイで働く日本人の“履歴書”」という記事も読まれた記事です。
 ファーウェイという企業名がかなり認知されるようになり、「初任給40万円」という数字が入った訴求力の強いタイトルを付けられたことが読まれた理由だと分析しています。

 この記事は、「ファーウェイが初任給40万円で新卒採用している」というニュースが話題になってから、ファーウェイの広報担当者にアプローチしました。中国企業には情報をオープンにされないところが多いので、「興味本位で記事にするのではない」「こういう趣旨で取材したい」「企業の社会的責任として、もっと情報を公開した方がいいのではないか」と半年以上も交渉して、取材にこぎ着けることができました。

自分が読者だったらと想像して解説記事を企画

 「メルカリの凄すぎる“ゴールデンチーム経営陣”全覧、なぜ業界有名人が集結するのか」という記事も非常に読まれました。こちらは、業界の有名人がメルカリに転職するニュースが相次いで発表されまして、「分かりづらくなってきたから、1度まとめよう」と、メルカリに集まった人材の相関図を作ってみることにしました。
 自分が読者だったらと想像して、「こういう記事があったら便利」「こういうことをまとめて読みたい」と企画を立てたから、この解説記事はよく読まれたのでしょう。

 企業から事前に情報をもらって記事を作ることもあります。例えば、「『就活をもっと自由に』CMで訴えるP&G —— 就活生の違和感と企業の本音埋めたい」という記事は、事前にP&G関係者から「この日から、こんなCMを流します」という情報をいただいて、P&Gに事前インタビューをさせていただいて記事を仕込んでおきました。

取り上げるのは「読者の半歩先」、“点”の情報をつないで“線”や“面”に


 私たちが記事を企画するときには、「読者の半歩先」を意識するようにしています。自分たちの内面を見つめ直して、言語化・可視化されていないモヤモヤしたことを記事にするようにしています。もう1つ、“点”として出てくる情報をつなぎ合わせて、“線”や“面”にして見せることも意識しています。点として出てくるプレスリリースなどの情報をそのまま伝えていたら広報誌と変わりなく、メディアとしての価値がないと思っています。

 私はメディアの価値は、やはり読者がつくるものだと考えています。私たちが何をどう伝えるとどんな読者が集まってくるのか。読者の世界観を踏まえて、文章の文体、写真の構図などに気を配っています。

読者の知りたいこと、企業が発信したいことを理解して情報をチューニングしていく

 最後に、ここ最近、メディアと企業の関係性がどのように変わってきているのか話していきます。今、「メディアは悪だ」という認識が非常に広まってきています。SNSが台頭したことで、うそのニュース、フェイクニュースが問題視されるようになりました。ですので、全ての「メディアの記事はうそだ」と思い込んでいる人もいます。私たちがどれだけ時間をかけて丁寧に取材しても、「またデタラメを書いている」とSNS上で批判されることもあります。そうした流れに負けないように、私たちメディアは事実を積み重ねて本当に説得力のある記事を作っていかなくてはいけません。

 私たちは経済メディアなので、企業に取材をするが多いのですが、企業とメディアの関係も以前とは変わってきているように感じます。私たちはインタビューや対談の記事の場合は共同著作物という考えに基づいて原稿をチェックいただいています。ただ、普通のニュース記事については、「事実確認は私たちの方でしっかりやります」と説明して、原稿チェックを挟まないようにしています。

 それが最近は「掲載前に、必ず全部見せてくれ」とリクエストされたり、原稿チェックが当然という人も多くなってきました。メディアの仕事は、プレスリリースどおりに記事を作ることではなく、「読者に対して何が付加価値になるのか」「読者は何を知りたがっているのか」と角度を変えて報じること。それがメディアとしての価値になると私たちは考えています。

 言い換えるなら、企業などが発信したいことを一方的にそのまま発信するのではなく、読者が知りたいこと、社会が求めている文脈を理解して、その両者の間を結ぶ、チューニングしていくことがメディアの仕事なのではないかと思っています。「こういう情報を発信したい」と考える企業に対して、「この文脈では読者は関心を持ってもらいにくいです」「この事業が生まれた社会的背景や、社員の動機などをもっと深く説明しないと読者に届きません」「この事業の社会的な意義は何ですか」というポイントで企業の皆さんには取材をしていきたいと思っています。

 そのようにして、企業の皆さんとはいい意味の緊張感を持ちつついい関係を築いていきたいと考えております。

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お客様視点のプレスリリースから生まれるAmazonのイノベーション

お客様視点のプレスリリースから生まれるAmazonのイノベーション 創業時は本屋、ファッション・自動車などに加えて多彩なサービスも提供するように

 アマゾンジャパン、PRの今井と申します。最初に、Amazonの事業について話をさせてください。家電やファッションのほか、さまざまなサービスも提供しているAmazonですが、一番始めは何を売っていた会社か、ご存じでしょうか? 実は、本屋だったんです。


 1995年7月、アメリカでジェフ・ベゾスがAmazon.comを創業しました。今では過去1年間に1回以上Amazonで買い物をしたアクティブカスタマーアカウント数は、世界で3億以上となっています。18の国・地域で事業展開しており、各国のPRチームとやり取りして取り組むこともあります。

 Amazonの企業理念は、「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」と、「地球上で最も豊富な品揃え」の実現です。実は、この2つの企業理念はAmazonのロゴにも反映されています。「a」から「z」に向けて矢印が伸びているのは「すべての商品がそろっている」という意味が込められています。また、この矢印は笑顔のようにも見えまして、お客様の笑顔を示しています。

 日本法人のアマゾンジャパンは、2000年11月に日本でのサービスを開始しました。当時から販売する本に加えて、CD、家電、おもちゃを扱うようになり、今ではファッション、食品、日用品、さらには自動車なども売っています。

 また、商品だけでなく、さまざまなサービスも提供しています。商品を出品できる「Amazonマーケットプレイス」もありますし、有料会員サービス「Amazonプライム」の特典も2015年以降、一気に増えてきました。
 企業のお客様に向けたサービスとして、法人・個人事業主向けの専用購買サイト「Amazon Business」をオープンしたほか、出品事業や物流代行サービス、クラウドコンピューティングサービス「アマゾン ウェブ サービス(AWS)」なども展開しています。

 さらに「Kindle電子書籍リーダー」や「Fireタブレット」、スマートスピーカー「Amazon Echoシリーズ」などのデバイスを自社で開発するようにもなりました。

より良いサービスを生み出すため、職場環境を快適に

 Amazonは快適な職場環境も大事にしています。快適な職場環境は、アイデアを呼び起こし、生産性を高めて、より良いサービスを生み出す土台になるからです。女性社員の産休・育休だけでなく、男性社員もしっかり育休を取得しています。2018年9月にはオフィスを拡張しまして、目黒駅前の目黒セントラルスクエアに新オフィスをオープンしました。

 新オフィスでは、その日の業務内容に合わせて働く場所を自由に選べるフリーアドレス制を導入しています。母親になったばかりの社員のために搾乳室もありますし、いろいろな宗教を信仰する社員のための礼拝室もあります。その他に、オールジェンダー向けのトイレやシャワールームなども備えています。

新商品・サービスの企画もプレスリリース形式で――Amazonのプレスリリース文化


 ここからはAmazonのプレスリリースについて、話をさせていただきます。

 AmazonにはPRの担当者だけでなく、社員全員がプレスリリースを書く文化があります。PRがメディア向けに作成する資料としてのプレスリリースではなく、社内に向けて「こんな新しい商品・サービスを作りたい」と説明する資料、つまり企画書をプレスリリースとして作っているのです。

 企画書をプレスリリース形式で作成するようになった背景を説明するため、Amazonの行動指針「Our Leadership Principles」について触れておきましょう。これはAmazonの社員が守るべきことを14項目にまとめたものです。

 その最初の項目は「Customer Obsession」。お客様を起点に考えて行動する。お客様から信頼を獲得し、維持していくために全力を尽くす。競合に注意を払うが、何よりもお客様を中心に考えることにこだわる、といった意味になります。

 新しい商品・サービスを開発するとき、一般的には「こういう商品・サービスを作りたい。お客様はどう受け止めてくれるだろうか」と悩むのではないかと思います。Amazonではそれが逆で、「お客様がどんな課題に困っているか」というところから入って、どうしたらもっといいサービスを提供できるかと考えるようにしています。

 お客様を起点にして、新しい商品・サービスがお客様の生活をどのように変えるのか。お客様の課題をどうやって解決できるのか。それらを1枚の紙に落とし込んだものがAmazonのプレスリリースなのです。

Amazonのプレスリリースに不可欠な3つの要素、5ページ前後のFAQを別に用意

 Amazonのプレスリリースには、「誰がお客様なのか」「何がお客様にとっての課題/メリットなのか」「この商品・サービスがお客様の課題/メリットに対してどのような変化をもたらすのか」という3つの要素が必ず含まれています。そして1ページのプレスリリースとは別に、想定される質問に対する答えをFAQ形式で5ページほどにまとめます。

 こうして作られたプレスリリースを、関係者が集まる会議でレビューします。一般的な企業なら、パワーポイントの企画書を使ってプレゼンテーションするところから始まるのでしょう。しかしAmazonでは、会議が始まると最初の10分から20分間、用意されたプレスリリースを参加者が無言で読み進めます。内容をしっかりと理解してから、みんなで意見し合うのです。

 また、会議では必ず椅子が1つあって、お客様がそこに座っていると想定して議論することもあります。「お客様がこの場にいたら、この商品・サービスについてどう思うだろうか」と考えながら、レビューを進めていくためです。こうしたプロセスを経て、これまでにEchoシリーズやAmazonプライム、お急ぎ便などの商品・サービスが生み出されてきました。

Amazonが伝えたいストーリーを発信する「AmazonのPRのプレスリリース」


 「Amazonのプレスリリース」について話してきましたが、次に「AmazonのPRのプレスリリース」についてお話ししたいと思います。

 AmazonのPRは、全世界で同じ“Tenets”を掲げています。Tenetsには「信条、基本となる理念」という意味があり、全部で8項目あります。

 その中から、今日は2項目を紹介しましょう。1つ目は「私たちはストーリーテラーです」というものです。Amazonについて深く掘り下げて考え、全体を見渡し、情報を整理してストーリーを描き、それを基にAmazonで働く皆さんと共に、社会に良い影響を与えようと努めています。2つ目は「私たちは社会からAmazonに対する正しい評価・評判を確立します。率先して広報戦略を立てて、ビジネスチームと連携を図り、ニュース価値を創出します」というものです。

 要するに、ただ事実を並べて情報発信するのではなく、「プレスリリースを通じてAmazonが伝えたいストーリーはどんなものか」と考えて伝えていくことがPRに求められています。

 先ほどご紹介した社内向けに作成された1ページのプレスリリースと5ページほどのFAQを基にして、広報視点で戦略を立てて、メディア向けのプレスリリースを書いていく。そこが私たちPRの腕の見せどころです。

お客様は誰か、ストーリーを描けているか、ニュースバリューはどこにあるか

 それでは、メディア向けの「AmazonのPRのプレスリリース」にはどのような要素が必要になるのでしょうか。まず「誰がお客様なのか」と意識するのに加えて、情報を受け取るメディア関係者、読者・視聴者のことまで考える必要があります。そしてTenetsで触れたように、私たちが届けたいストーリーをしっかりと描けているか。最後に、ニュースバリューはどこにあるかとしっかり考えておくことが重要です。

 事例を挙げて説明していきましょう。私はAmazonプライムのPRを担当していまして、Amazonでは2015年から毎年7月に、プライム会員に向けてPrime Day(プライムデー)というショッピングイベントを開催しています。今日は2017年のプライムデーの事例をご紹介したいと思います。

 社内向けに作成された当時の「Amazonのプレスリリース」では、プライムデーについて「世界13カ国で実施するグローバルイベント」であって、お客様の声として「去年はサイト上で商品が探しづらかったけれども、今年は改善されて探しやすくなった」と書かれていました。こうした情報はすごく大切なものではあるのですが、この内容のまま「AmazonのPRのプレスリリース」を作成しても、大きな記事露出は期待できません。

 「世界13カ国」というグローバルなイベントであることは確かにすごいかもしれませんが、日本のお客様にどんなメリットがあるかが分かりません。「商品が探しやすくなった」と言われても、それだけでは具体的にどう探しやすくなったのか伝わりません。日本で記事として取り上げてもらうためにどうすればいいのか、日本オリジナルの企画を考える必要がありました。

芸能人が会員の自宅まで配送、オンラインのAmazonが実店舗を限定オープン


 そこで、日本オリジナルの企画を2つ考えました。1つ目は「Prime Video」に出演する有名人に、プライム会員のご自宅へ、テレビに差し込むだけで映画やビデオを楽しめるデバイス「Fire TV Stick」を届けていただくというものです。プライム会員向けの特典として、ご注文から最短2時間で商品をお届けする「Prime Now」というサービスがあり、それを利用しました。倉庫でFire TV Stickをピックアップして、プライム会員のご自宅に届けるところまでをメディアに追跡取材していただきました。

 もう1つは、「オンラインのECサイトであるAmazonが、Amazonプライムの10周年を記念してポップアップストアを期間限定でオープンします」という企画で、多くのメディアに注目いただくことができました。

 さらにこの企画を発表する場で、先ほどの有名人によるFire TV Stickのお届け企画を公表し、有名人の方にも登場いただきまして、芸能系メディアの記者にもたくさん取材いただけました。当時は経済系メディアの記者との接点が多かったので、芸能系メディアにも露出することで、リーチできる層を大きく広げられました。

 結果として、発表会には記者100名以上に出席いただきました。ポップアップストアにも「1日100~200人来店いただければいいかな」と試算していましたが、終わってみれば来店者数は3日間で4,000人以上になり、期待以上の成果を得られました。

 この事例を通してどのようなストーリーを伝えられたかというと、プライムデーはプライム会員のお客様のための特別なイベントであること、日本10周年を迎えたAmazonプライムに対するお客様のご愛顧への感謝、プライム会員になると便利なだけではなく様々な楽しいことがある、ということだと思います。つまり「私たちのお客様への想い」が伝えることができたのではと考えています。

PRとして正しいと思うことを押し通す強さが成功につながる

 このようにPR主導で新しい取り組みをやることはとても大変なことです。他のビジネスチームやマーケティングチーム、法務チームなど、いろいろな人を巻き込むことになります。国内外で承認を取る必要もありますし、結果も求められます。過去に経験したことがないような大きなチャレンジになることもありますが、それでも新しいアイデアを常に考え、失敗を恐れずにPRとしてやる価値があると思うことを押し通す強さが成功につながったのではないかなと今、改めて実感しています。

 また、PRの仕事では世の中からどのように見られているのかを常に意識し、正しい評価・評判を確立するにあたり、社内の他部署からの期待に沿えない場面もあるかもしれません。そんなときこそ「PRとしてはこうしたい」と強く言った方が、長期的な信頼関係を育めるのではないかと個人的には考えています。

 最後に、Amazonでは「It’s still Day One.」とよく言われています。「毎日が初日」という意味です。
 これからも「今日が初日」という気持ちを持ち、お客様の立場に立ってイノベーションを続けていきたいと思っていますし、今日のお話が皆さんの今後のPR活動に少しでもお役に立つことを願っています。