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空中戦に甘んじず、地道な“地上戦”を絶対にサボらない。――日本フェンシング協会・太田雄貴氏 <PR TIMESカレッジレポートVol.4 >

  • 太田雄貴(日本フェンシング協会会長/北京オリンピック銀メダリスト)

DATA:2019.03.27

ルールが複雑で、選手の顔も見えないフェンシングの競技特性

皆さん、こんにちは。日本フェンシング協会の太田です。私は現在、日本フェンシング協会の会長と国際フェンシング連盟の副会長を務めています。フェンシングは1896年に開催された第1回目のアテネオリンピックから採用され、2020年の東京オリンピックまで続いている数少ない競技のひとつです。フェンシング以外には、水泳、陸上、体操しかありません。けれどフェンシングは、人気などの面でこれら3競技に大きく水をあけられています。ですので、日本フェンシング協会は何とかして追いつこうと、肉離れを起こしそうなくらいの駆け足で改革を進めているところです。


ある競技がメジャーになるかマイナーになるか、私は2つの要素の掛け算で決まると考えています。ひとつは「ルールの複雑性」でシンプルであるほどいい。もうひとつは「選手の顔が見えるか」です。オリンピックの花形と言えば、ルールが分かりやすい陸上の100m走や400mリレーですし、陸上と水泳を比べると選手の顔が見えやすい陸上の方が人気は出やすいでしょう。

そう考えると、フェンシングという競技は、選手が扱う剣先は速過ぎて見えないし、ルールは分かりにくく、選手の顔はマスクで隠れています。人気スポーツになるには悪条件が重なり、もう悲惨な状態です。

他競技とどこで戦うか。フェンシングの特徴を俯瞰し、あるべき姿を明確に

私は会長になってから、そんなフェンシングを取り巻く状態を客観視しながら、まずは課題をひとつずつ明確化してみました。例えば、剣先が見えづらいのなら、モーションキャプチャーなどのテクノロジーを使って可視化すれば、これまでよりも分かりやすく観戦できるようになります。実は、こうしたテクノロジーを東京オリンピックで導入できるように、準備を進めているところです。


そうやって課題と向き合いながら、「自分たちが他競技に勝ち得るポイントはどこだろうか?」と考えてきました。フェンシングという競技には、全身が的になり頭脳戦が見所の「エペ」、ターゲットとなる胴をめぐって激しい攻防が繰り広げられてエンターテインメント性が高い「フルーレ」、上半身を狙って突きに加えて切りも繰り出されるスピード勝負の「サーブル」という3種目があります。楽しみ方のポイントがひとつだけではないんです。

そうしたフェンシングの特徴を踏まえて、「他競技と戦うポイントをどこにするか」「サッカーが“マクドナルド”なら、フェンシングは“予約の取れない寿司屋”を目指そう」といったように、自分たちのあるべき姿を明確にしてきました。

決勝戦まで観客が残らない。僅か150人しか来なかった全日本選手権の改革へ

私が日本フェンシング協会の会長に就任したのは、2017年8月のことです。当時、私は31歳でした。スポーツ協会の会長としては若過ぎる年齢で、選ばれたときも「満場一致で支持された」とはとても言えない状況でした。

そうした背景もあった中で、私が会長に就任して真っ先に取り掛かったのは、全日本フェンシング選手権大会の改革です。2013年の選手権では、前年のロンドンオリンピックで銀メダルをとった団体メンバーの2人が決勝を戦うことになりました。それなのにかなりの座席が空席で、観客が150人しか入っていなかったんです。


これだけ観客が入っていないと、お金が集まらず、組織もチームも運営していけません。それではフェンシングにかかわる人たちが自信を失っていきますから、観客を増やして「俺たちもできる」と内向けに証明する必要がありました。外向けにも、私が会長になったことで「フェンシング協会はこういう取り組みをしていく」とアピールしていきたいとも思っていました。

内と外、両方に向かってアピールするにはどうすればいいのか。私は最終的な成果として、観客動員数にこだわるようにしました。先ほど、以前は決勝戦の観客が150人だったと話しましたが、そんなに少なかったのには理由があります。フェンシングは一般的にトーナメント方式で、1日で1回戦から決勝までが行われます。ですから、選手、コーチ、選手の家族・友達が一番残っている朝の時点での観客数が最も多くなるのです。

決勝戦を1日に集約、LEDパネルを導入――わずか3週間で21個の新しい取り組み

就任直後に開かれた2017年の選手権まで準備期間はわずか3週間しかありませんでしたが、21個の新しい取り組みを採り入れました。その中でも一番大きかった変更点は、フルーレ、エペ、サーブルの3種目、男女それぞれで計6試合の決勝戦をすべて1日に集約したことです。フェンシングをよほど好きな人なら朝の1回戦から決勝までを観てくれるでしょうが、気軽に観たい人のために決勝戦だけを観戦できる日を設けたんです。

さらに、どちらの選手の剣先がより速く相手に届いたのか、分かりやすいように大型のLEDパネルを設置しました。私たちのような小規模な競技団体ですと、予算に限りがあります。それだけに選択と集中が非常に大切。メディア関係者が興味を持ってくれるように、外せなかったのがこのLEDパネルでした。他にも、試合前に選手紹介の映像を流すようにして、選手たちの気持ちを盛り上げ、観客にもっと感情移入してもらえるような試みも採り入れました


こうした新しい取り組みを始めたこともあって、2017年の観客動員数は1500人ほどに。前年比で約10倍にまで観客を増やすことができました。という話をすると、「テクノロジーを導入したことで、観客が増えたのか」という感想を持たれるかもしれませんが、実は違います。テクノロジーの導入によって観客の満足度が上がれば、次回以降のリピート客は増えてくれるかもしれません。ですが、直接的に観客動員数を増やす効果はありませんでした。

私たちのような小規模な団体は、最初はとにかく汗をかかないといけません。会場にまで足を運んでもらうため、マーケティングやPRとは無関係のところで、実は気合いを込めてチケットを手売りしていました。華麗な“空中戦”だけではダメだと思っていましたから、地道な“地上戦”を絶対にサボらないようにしました

5000~6000円のチケット700枚、40時間で完売させた仕掛け

そしてその翌年、2018年に開催した選手権では、客席数700ほどの東京グローブ座を決勝戦の舞台に選びました。非常に立派な劇場で、東京グローブ座で開かれている公演を観ようと思ったら、1万円前後もするチケット料金を支払うことになります。

私たちが決勝戦の会場に東京グローブ座を選んだ理由はいくつかあるのですが、その中で一番大きかったのはこのチケット料金です。2018年大会のテーマは、2017年に1000円ほどだった客単価をどこまで上げられるか。体育館で開く大会ならチケット料金は1000~2000円くらいが相場なのかなと思いますが、東京グローブ座は普段からチケットを1万円前後で売っています。「フェンシングをグローブ座で観戦できるのなら、5000~6000円のチケットでも高くない」と感じる人は少なからずいるだろうと。同じものを観るにしても、場所を変えるだけで財布の紐が緩むだろうと見込んでいたのです。


もうひとつ、チケットを完売することも重要視していました。しかも、できるだけ即完売に、かなうなら発売から24時間以内に売り切りたいと考えていました。そのための仕掛けとして、映画館のチケット予約システムのように、どの座席が購入されたのか、予約状況をすぐに反映するシステムを利用してチケットを販売しました。購入者の目線に立ち、どんどん座席が埋まっていく様子を可視化して「それなら私も買おう」と思わせる仕組みにしたのです。「フェンシング協会は2017年からおもしろい試みをやっているぞ」という口コミもあったからか、発売から40時間で完売することができました。

選手・審判の心拍数を表示、全種目を生中継に――さらに改善した2018年選手権

2018年の選手権では新たな取り組みとして、LEDパネルに選手の顔を映して、観客に選手の顔が分かるようにしました。選手の表情はマスクの下で分かりませんから、選手の顔に加えて心拍数も表示して、「選手が今、どのくらいきついか」と伝わるようにしました。観客が「この選手は今、こんなに大変なんだ」と感情移入できるようにしたのです。あとから選手にインタビューするとき、「心拍数が上がったあの場面で、どんなことを考えていたのか」と試合のストーリーを振り返りやすくする狙いもありました。

心拍数を表示したのは、選手だけではありません。審判の心拍数も表示するようにしました。目立たせることで審判のモチベーションを上げてレベルアップを図る、「誤審だったかもしれない」といった場面で心拍数が上がる審判のストーリーを観客に感じてもらう――といった狙いがありました。


スポンサーからの支援も増えたので、2018年の選手権からAbemaTVで全種目を生中継できるようになりました。これまでも映像で記録はしていましたが、映像を流せるのは1週間後になっていました。結果が分かっているスポーツを観るなんて、私にとってはあり得ないことでしたので、以前からできるだけ早く生中継できるようにしたいと思っていました。

チケットは完売していましたから、選手権当日は当然、満員御礼でした。2017年は観客動員数、2018年は客単価にこだわってきたので、次は客単価×観客動員数の両方を意識できる段階に入ってきた実感があります。

私は、スポーツ協会と選手の関係は、美術館と美術品の関係に近いと考えています。どんなに優れた美術品でも、美術館の立地や展示が悪かったら来てくれる人は限られてしまいます。逆に、どんなに立派な美術館であっても、展示されている美術品が期待外れだったら「ここはダメだ」と判断されてしまいます。協会が選手たちを輝かせる舞台をつくり続けることで、選手たちは協会の仕事ぶりに見合った成果を出そうとプレーで示していく。日本のフェンシングも、そのようにして相互に高め合えるようになってきました。

東京オリンピックはフェンシングがチケットを一番に売り切りたい

私たちが今、こうした取り組みに力を入れているのは、2020年の東京オリンピックを成功させるためでもあります。フェンシングは東京から移動に1時間ほどもかかる千葉の幕張メッセで開催することが決まりましたから、気軽に観戦することは難しいでしょう。今のうちに熱狂的なフェンシングファンを増やして、当日はファンが会場を埋め尽くしてくれるように醸成しているんです。フェンシング協会として、他のどの競技団体よりも早く、チケットを売り切ってやろうという野望を持っています。そして「私たちが2年前からオリンピックに向けて準備をしてきたからできたんだ」と証明したいです。

そのためには、“空中戦”と“地上戦”の両方が必要だと思っています。“空中戦”のために、ニュースになる情報を仕込み、大きな発表も予定しています。一方で“地上戦”として、フェンシングの選手が学校訪問する取り組みを地道に続けています。すでに20校を回り、2019年度だけで40校を訪問する計画です。やはり、リアルのフェンシングを観戦して感動する体験、そして選手を応援するという体験を子どもたちに提供することで、ファンを醸成していきたい。子どもが「フェンシングの観戦に行きたい」と言ってくれたら、ご両親も来てくれますので、チケットは3枚売れるわけです。チケットの購入につなげるには「選手に会った」「フェンシングを観た」といったことで思い入れを強くしていくことが大切ですから、こうした地道な取り組みに力を入れています。


私が会長になる以前、1年半ほど前まではフェンシングの大会が開かれても2日間で300人ほどの観客動員数でした。それが2019年1月に開催した高円宮杯フェンシングワールドカップ東京大会では、2日間で5248人の観客に来場いただけるところまで成長してきました。これも大会ごとにテーマを決め、しっかり情報発信をして、マーケティングとPRの両輪を回してきたからだと思います。

フェンシング協会の予算が限られているのと同じように、皆さんの中にも非常にリソースが限られている中で「PRを強化してくれ」と指示されている方はいると思います。予算が潤沢にあって十分な広告を打てるのなら簡単なのかもしれませんが、広告をほとんど見ずにスキップする生活者も多い時代になっています。さまざまな企業のPR成功例を参考にしつつ、「自分たちならどんなことができるだろうか」と整理しながらニュースをつくり、自社をPRしていってください。