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プロダクトや企業ミッションを幅広く伝えたい。”正しいブランド認知”を目指すテスラジャパンのマーケティング・PR活動とは

  • 前田 謙一郎(テスラモーターズジャパン合同会社 シニアマーケティングマネージャー)

DATA:2019.11.20

シリコンバレーを本拠地とする高性能電気自動車メーカー「テスラ」。数名のエンジニアによる「ガソリン車よりも優れていて、速く、楽しく、運転に妥協する必要がないことを証明したい」という想いのもと、2003年に創業した。「持続可能なエネルギー社会へ世界の移行を加速する」をミッションに掲げ、革新的な電気自動車の製造のみならず、家庭用蓄電池「パワーウォール」を開発するなど、世界の最先端で注目を浴び続けている。

テスラ社では、費用をかけた広告宣伝は行っておらず、プロダクトの開発や充電インフラの整備に投資をしている。
グローバル全体で一貫した広告に対するスタンスを取る中、テスラジャパンの日本でのマーケティング・PR活動は、どのように行われているのか。
これまでの実施した背景からその後の展望に至るまで、テスラジャパン・シニアマーケティングマネージャーの前田謙一郎(まえだ・けんいちろう)氏、そして同社の活動をサポートしたPR TIMES・PRプランナーの小林保(こばやし・たもつ)の2名にお話を伺った。

日本での正しいブランド認知を目指して

まずは、テスラジャパンがPR活動に力を入れることになった背景を教えてください。

前田謙一郎(以下、前田):当社はシリコンバレー発の企業で、北米はもちろん欧州、中国ではブランド理解が浸透していますが、日本国内にはなかなか情報が届かないという課題がありました。

また、当社についてこれまで日本のメディアで報道されてきたのは、アメリカのニュースで取り上げられた内容が中心で、株価の変動やCEOのイーロン・マスクについてなど、プロダクトや企業ミッションとは関連の薄いものがほとんど。そのため、電気自動車を含むプロダクトや会社のミッションについて正しい認知には結びついていない状態でした。
CEOのイーロン・マスクがTwitterなどで情報発信を積極的に行っていますが、どうしても英語を理解できる方や、情報感度の高い方にしかその情報は行き届いていませんでした。

テスラモーターズジャパン合同会社 前田 謙一郎さん

よく違った理解をされていましたが、テスラは「持続可能なエネルギー社会へ世界の移行を加速する」というミッションを持った環境問題に取り組む企業です。新たな製品開発にも取り組んでおり、そのような企業姿勢も含めて、日本の方に正しくテスラを認知して頂きたいと思い、PR活動に力を入れ始めました。

小林保(以下、小林):PR TIMESをパートナーに選んでくださったのは、ちょうどテスラの新車「モデル3」の実車発表の頃でしたね。

前田:そうですね。これまでの「モデルS」や「モデルX」は高価格・高機能で、イノベーターやアーリーアダプターを中心に受け入れられてきた商品でした。2018年11月に日本国内で実車発表した「モデル3」はそれらと比較しても手の届きやすいエントリーモデルなので、多くの生活者の方の選択肢に入れてもらう必要がありました。そのため、その新しいモデルをどう幅広くPRしていくかが一つの重要な役割となりました。

当社は会社の成り立ちや、プロダクトに自信があるため、華美なイベントを開催する必要性はないと考えています。自動車メーカーに強いPR会社さんもたくさんありましたが、それよりももっと純粋に、自動車という枠を超えたプロダクトの良さや会社のミッションを幅広く多くのメディアに伝えていきたかった。

そこで新聞や自動車メディアだけでなく、ガジェットや、IT、ビジネス、ライフスタイルなど、幅広いメディアとつながっているPR TIMESさんに協力をお願いしました。当社も大きな会社ではないため、小回りが利き、フレキシブルに対応してくれるところを探していたという点でも良いマッチングだったと思います。

プロダクトに自信がある。だからこそのシンプルでまっすぐなPRを

PR活動にあたり、何から始められましたか?

小林:まずは、テスラさんに他社ブランドの露出調査などを見てもらい、「他社ブランドは掲載されているが、テスラ社が掲載されていない媒体はどこなのか」、あるいは「掲載はされているものの、論調が異なるのはなぜなのか」、また「望ましい論調で語ってもらうためにはどうするべきか」といった部分のPR方針を詰めていきました。

株式会社PR TIMES 小林 保

例えば、テスラさんの記事ではアメリカでのニュースや株価に関する記事がほとんどだったのに対し、ある他社ブランドではプロダクトの記事が多数出ている状況でした。インターネット上で検索しても、プロダクトの情報や口コミがあまりヒットしなければ、やはりその分、メディア接点としては不利になります。やみくもにプレスリリースを出すのではなく、まずはこうしたデータを丁寧に整理することから始めました。

前田:これまでは実際ここまで細かくデータを見たことがなかったのですが、掲載メディアによって内容にかなり差があったことに驚きました。長い付き合いのある自動車メディアには良い記事を書いてもらえていても、付き合いのないメディアでは掲載に繋がってすらいなかった。こうして、媒体ごとの掲載実績が分かると、改めてアプローチの仕方を見直すことができると感じました。

ではそうして整理したデータをベースに、実際にどのようなPR施策に移っていったのでしょう。

小林:PRの形としてはとてもオーソドックスなのですが、プロダクトや試乗に関するイベントを開催し、テスラさんとメディアをお繋ぎしました。イベントの最大の目的は、プロダクトやテスラさんのミッションを知ってもらうことであり、その他の余計な情報でぼやけることなく、そこに関するダイレクトな露出を取りたかったので、手法としてはかなり王道をいきました。

取るべきPRの手法はその時々の課題やニーズ、時勢など様々な要因によって異なりますが、当時のテスラさんの場合、何か奇をてらったことをするよりも、伝えたいことをなるべくコンパクトに、届けるべき人に正しく届けることが必要だと思いました。
イベントではテスラ社についてのプレゼンや、エナジー事業についての説明をしてもらうほか、メディアの皆さんにプロダクトの先進性やこれまでにない電気自動車の体験を提供できるよう、プロダクトの案内のみでなく、実際に運転ができる試乗の場も用意してもらいました。

テスラさんのプロダクトは驚異的な0-100km加速やワイヤレスアップデートによる機能の追加、ステアリングを使った巨大なスクリーンでのゲームなどエッジが効いていてとても魅力的です。そのため、イベントを変に装飾して、メッセージがブレることは避けました。大勢に広めることだけを意識して、情報が多方面に散らばる事例も多いと思うのですが、今回のようにコアの部分をまっすぐ、正しく伝えることに注力できたのは、少し珍しいケースだったと思います。

ステアリングを使用した巨大スクリーンでのゲーム

前田:イベントでは長らくテスラユーザーである慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授の夏野剛さんに、テスラへの想いを語っていただきました。識者というより、あくまでユーザーの代表として、自由にお話しいただいたんです。

なるほど。しかしユーザーがプロダクトを自由に語った時に、場合によっては望ましくない言葉で語られてしまうこともあるのではないでしょうか?

前田:私たちは製品に自信を持っていますから、ちゃんとレビューしてもらえるなら、マイナスな意見でもいいと考えています。今回に限らず、ユーザーが自由に語る場をつくることや、動画を含めたユーザー発信のコンテンツ自体が、ブランドにとって大きな力になると思います。

小林:テスラさんと一緒にお仕事する中で、こうした中立かつ誠実な姿勢は、私自身心から尊敬する部分です。メディアやUGC(ユーザー・ジェネレート・コンテンツ)に対して、しっかりと説明をした上で使ってくれるのであれば、ネガティブであっても、一つの声としてしっかり受け入れる。コントロールするのではなくリアクションを受け止めて、それをまたプロダクトに還元していくんですよね。このような姿勢こそ、ユーザーをファンとして引きつけるために不可欠な要因になるのだと思います。

可視化しづらいPRの効果をどう見るか。徹底したデータ分析で論調の変化を実感

こうしたイベント施策が実を結び、実際に多くのメディアに掲載されました。施策を通して新しい発見はありましたか。

前田:自動車の発表会ですと、自動車のスペックや売り上げ台数といった話題になりがちですが、サービスセンターのオープンイベントを行った際、「電気自動車の充電の今後」「東京の電気自動車所有者のライフスタイル」など、さまざまな切り口で発信してもらうことができて、新鮮に感じました。


小林:各メディアによって捉え方の違いが見えたのは、私自身にとっても改めて学びとなる良い機会でした。また、メディア掲載時の論調がどのように変わったのかを示すため、テスラに関するWeb記事を事前に全て取得し、テキストマイニングにかけ、キーワードの変化をひとつの指標として提示していました。一本一本の記事の質も見つつ、同時に全体感としての論調の変化も中長期的に見ていくという両方の目標があることに意味があると思います。

前田:実際にテキストマイニングの結果を見て、メディアにおけるテスラの捉えられ方が少しずつ変わってきていることを感じました。これまではアメリカのニュース主体だったのが、国内でイベントなどマーケティング・PR活動を行うことによって、だんだんと伝えたいことが伝わっている実感を持てるようになりました。マーケティングはデータ分析できますが、PRのデータ分析はなかなか難しいですから、変化を感じられたのはうれしかったですね。

テスラのみに留まらず、業界全体を盛り上げたい。二人の考えるフォーマット化されない今後のPRとは

今回の取り組みも踏まえて、今後はどのようなことに注力していきたいとお考えですか?

前田:当社は化石燃料を使わず、再生可能なエネルギー社会にしていくことがミッションです。そのために電気自動車やパワーウォール(家庭用蓄電池)などを製造しています。ただ車だけを製造しているのではなく、良い社会づくりに貢献していることをもっと伝えていきたいです。

小林:そうですね。テスラさんのプロダクトは社会貢献性が非常に高く、今後の自動車業界において、大きな選択肢となると感じています。しかし現状では電気自動車に対する消費者の認知や理解には、まだまだ開拓の余地があります。
電気自動車業界全体を盛り上げることが、結果としてテスラさんのPRにも貢献できると考えています。

前田:そうですよね。PRは毎度、試乗会といった大きなイベントばかりでなくてもいいと思っています。例えば高級車メーカーやEV車メーカーの広報担当者を集めて座談会をしてもいいですよね。

小林:各ブランド、メーカーの担当者たちが集まり、自分たちのメッセージを伝えるだけでも、ユーザーからすれば何かしらの気づきもあるでしょうし、選択肢が増えることになるはずです。「正しく知る場」を創出していくことが、ユーザーにとっても、社会にとってもメリットになると思います。長期的な関係の中でこそ実現できる地盤づくり、関係性づくりもあると思いますが、活動内容自体は同じことをやり続けず、状況を見て、新しいことにも取り組んでいきたいです。

前田:私たちも2年間ほど、従来のフォーマット化されたやり方を避けてやってきましたが、逆にその形がフォーマット化してきてしまうこともあると思うので、今後もマンネリしないよう、チャレンジする姿勢は貫きたいですね。


取材・執筆:伊藤紺 編集:田代くるみ@Qurumu 撮影:高木亜麗