CULTURE 88

蓋をしていた感情が、私の一番の武器になるまで。まだ、話していない「覚悟」の話

  • 金光 穂夏(中途採用育成チーム マネージャー)

DATE:2026.07.14

皆さん、こんにちは。採用育成グループの金光です。 私は2022年11月に、中途採用でPR TIMESに営業職として入社しました。前職は宿泊予約サービスの営業を3年半。担当していたホテルの方々の多くがPR TIMESを使っていて、「こんなに自由度が高く、心から良いと思えるサービスを広められるなんてワクワクする!」と胸を躍らせて入社を決めました。

正直に言えば、私は入社してからずっと、決してデキる社員ではありませんでした。目標未達が続き、自信を喪失していた時期の方が長かったかもしれません。そんな情けない自分を知っている私だからこそ、今、何かに悩み、壁にぶつかっている誰かに「大丈夫、人は変われるし、役割が人を強くするんだ」ということを私の実体験を通じて伝えたいと思い、ここで言葉にします。


だれブロ ーまだ、話していないことー
私が「だれか」にお伝えします。働く誰か、働こうとしている誰かに役立ってほしい。そんな想いでPR TIMESのメンバーが紡ぐブログです。PR TIMESで働く「私」の仕事とそのほかいろいろ。うれしいとか、やる気がでるとか、やめようかなぁとか。だれかの、働く今日の気持ちにつながりますように。

金光 穂夏

金光 穂夏

中途採用育成チーム マネージャー

1996年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学 環境情報学部卒。2019年に新卒で宿泊予約サービスを運営する会社に入社し、宿泊施設への営業を担当。
2022年11月にPR TIMESへ中途で入社。既存のお客様へのカスタマーサクセス、新規のお客様の企画提案営業を経験。2025年1月にマネージャー代行に就任に、同年9月から新規営業チームマネジャー代行として12名のメンバーの責任を担う。2026年1月より採用育成グループに異動し、同年4月に中途採用育成チームマネージャーに就任し、PR TIMESの新しい仲間探しに奮闘する日々です。

評価面談で泣いていた入社1年目。自信も「Will」も失った、あの日

入社当時の私は、もともとPR TIMESというサービスが好きだったこともありワクワクしながら入社しましたが、現実は甘くありませんでした。広報PRの知識はゼロ。営業として入社したのにアポイントが取れず、それどころか自分の目指すべき目標すら明確に定められない……。

当時の上長である代表の山口さんへ相談することは、正直言えば億劫でした。山口さんが何を話しているのか本質を理解できず、評価面談では「金光さんの営業の職能は高くないです」とはっきり告げられました。入社して1年間、私はずっと目標未達のままでした。

2023年の通期評価面談は、今思い出してもしんどかったなと思い出します。これまで書けていた評価シートの『Will』(※仕事や私生活で実現したいこと)の欄に、結果の出ない自分への情けなさで、ついに何も書けなくなってしまったんです。
「通期の結果により、自信喪失し、Willを書けませんでした」
そう絞り出すように伝え、ずっと涙をこらえて歯を食いしばっていました。
そんな私に、山口さんは「お客様には貢献できているんですか?」と問いかけました。

「自分が早く成果を出さなきゃ」と矢印を自分だけに向けていて、目の前のお客様が成功するためのパートナーであるという原点を、どこかで見失っていた自分に気づかされた瞬間でした。
その言葉が転機になり、2024年1月に新規営業へ異動してからは、お客様の成功を目的に動き続けました。お客様から「PR TIMESで配信することがモチベーションになって、ネタを作ろうと思えます」「総務雑誌の取材に繋がり、初めてのことで社内も驚いています!」といった言葉をいただくたびに、このサービスの可能性を信じられるようになっていきました。そして2024年8月、入社して初めての個人受注目標を達成しました。

覚悟は、理解して備わるものじゃなかった

目標達成をした頃、部長の中井さんから「今後、組織で重要な役割を担うつもりはありますか?」と声をかけてもらいました。最初は答えられませんでした。でも、ずっと蓋をしていた「本当はやりたい」という気持ちに、ようやく気づけた瞬間でもありました。数週間後、「組織で重要な役割を担いたい」とお伝えし、社内研修を経て、2025年1月にマネージャー代行に就任しました。

マネージャー代行になって最初の大きな仕事は、想定外のところからやってきました。
2025年4月、サービスの大きな障害が発生してしまい、部長が不在の中、現場の判断を担う立場に立つことになったのです。

「本当に私が、現場の最後の砦になれるのか」

頭の中は不安でいっぱいでした。これまで「お客様の成功やありたい姿を叶える力になりたい」という思いでやってきた自分にとって、お客様に多大なご迷惑をおかけしてしまうことが、本当に申し訳なさでいっぱいでした。
それでも前を向けたのは、これまでPR TIMESというサービスの可能性を信じさせてくれたお客様からの言葉があったからです。申し訳なさで立ち止まるのではなく、ご期待くださったお客様へ誠心誠意お詫びを伝え、未来のために尽くすしかない。そう思って、動き続けました。

自分の判断一つで、良くも悪くもなってしまう。わかるところは判断して、わからないところはすぐにエスカレーションする。それを徹底しました。お返事がなかったお客様に、繋がるまで連絡を続けていきました。「気づいていなかったので、ご丁寧に再度ご連絡いただいて助かりました」とご迷惑をおかけしている中にも関わらず、大変温かい言葉を掛けてくださるお客様から救われたことを覚えています。

対応が終わった後、気づいたことがありました。
これまでマネージャーを担っていた方々が現場で奮闘している姿をずっと見てきた。重要な役割を担うということは、つまりそういうことだろうと、頭ではわかっていたつもりでした。でも、いざ自分がその立場に立ったとき、覚悟は「理解して備わるもの」ではなかった。お客様に尽くしたいという思いが積み重なった末に、いつしか覚悟へと変わっていったんだ、と。頭でわかっていたつもりの責任が、初めて身体に染み込んだ感覚でした。

はじめてのリーダー。全部持とうとして、壊れかけた

2025年9月、新規営業チームの数字目標責任と12名のメンバー全員のマネジメントを正式に担当することになりました。やってみたかった役割に、ようやく立てた。そのはずでした。

マネージャーになった私が最初にやったこと。それは、「全部、自分でやる」でした。
プレイヤー時代は、自分でボールを持って進めればなんとかなった。それをそのままマネージャーでもやろうとした結果、毎晩遅くまで残るのに何も進まない、なぜか常に疲れて消耗している、成果は出ない、という状態になりました。
数字も伸びない。チームの空気も、どこか不穏な感じ。メンバーも「このチーム、やばいんじゃないか」と感じ始めていたと思います。

中井さんとの1on1で、ついに白旗を上げました。「これもこれもこれもできていなくて……」と並べたら、こう言われたんです。

「今、金光さんがやらなければいけないことは何ですか?結果に繋がる重要なことをやりましょう」

わかってはいた。でも、手放せなかった。
自分がやってきた仕事を誰かに渡すのは、「仕事を増やしてしまう」ような気がして、ずっと躊躇していたんです。
そのまま2週間、放置しました。

そして、ある週の営業部定例の朝。「あ、やばい。何も進んでいない」と気づいた瞬間、やっと腹が決まりました。朝一番で3人のメンバーにSlackを送りました。「突然だけど、これを任せたい。これも。これも」と。
返ってきたのは、全員から「ありがとうございます。ぜひやらせてください!」「任せてもらえて嬉しいです!」でした。

なんで、もっと早くやらなかったんだろう。
ずっと自分で抱えていたものを、メンバーはずっと待っていてくれた。躊躇して任せられなかった自分を情けなく思うと同時に、メンバーの頼もしさに救われました。

メンバーが変わる瞬間に、泣いた

権限を渡してから、少しずつチームが動き始めました。そしてこの時期、私にとって一番大切な時間は、メンバーとの週2回の1on1でした。チームメンバーには成長して、結果を掴んで、働いていて良かったと思ってほしい。だからこそメンバーを励ます姿勢が強かったと思います。

メンバーの調子が良い時には、もっといけると背中を押しました。「社員総会で新人賞受賞を目指しているなら、目標達成は当たり前。100%以上の達成の先にさらに成果を作ろう」と。
一方で、伸び悩んでいたり辛そうな顔をしている方には、「でも3ヶ月前は『××ができない』って言ってましたよね?そこから考えるとめちゃくちゃ成長してませんか?」とか「○○さんがチームの視点でまわりを見て伝えてくれたことがGoodです」「私は、○○さんはマネージャーに向いていると思うんですよね」とcheer upの姿勢で伝えました。

そしてこんな話もしました。
「私自身は、マネージャーになりたい・成長したいというよりも、トレーニーの成長が自分のエネルギーの源泉なんですよね。あなたも今トレーナーを担っているから、自分のトレーニーとどう向き合いたいか、考えてみてもいいかもしれません。」

自分ごとにしてもらうために、まず私自身を開示する。そういうコミュニケーションをずっと心がけていました。

もう一つ、忘れられない瞬間があります。
報連相がなかなかできないメンバーがいました。一緒に「まずはこういう形で報告するだけでいいから」と約束をして、小さなステップを積み重ねていきました。ある日の営業部定例で、部長がこう言いました。

「今このチームで、一番報連相ができているのは〇〇さんです」

その名前は、報連相を苦手としていたメンバーだったんです。
その場で泣きそうになり、必死に涙をこらえていたのを覚えています。
もともと苦手だったことが、チームで一番できるようになっていた。本人が頑張ったのはもちろんですが、一緒に歩んできた時間が走馬灯のように浮かんで、込み上げてくるものがありました。

そんなメンバーのみなさんの頑張りに励まされ続けた、その半期の社員総会。
新人賞にノミネートされたメンバーは3名。そのうちの2名が、私のチームのメンバーでした。一緒に歩んだ、そしてチームを牽引し、支えてくれた2人がそこに立っていることが、何より嬉しかったです。このチームで過ごした時間が、マネージャーという仕事の醍醐味を、私に教えてくれました。

改めてですが、私が新規営業チームマネジャー代行として走り切れたのは、綺麗ごとじゃなく、間違いなくチームメンバーのみなさんのおかげです。メンバーのみなさんの頑張りや成長、奮闘に励まされ、それが私のエネルギーとなって、使命感となって走り切れたと、今でもそう思っています。

「その感情は、邪魔じゃない」

そんな日々を過ごす中で、2025年11月、代表の山口さんから相談がありました。

「採用育成グループ(人事)への異動を検討いただきたいです」

異動の内示ではなく、まずは相談という形で共有いただき、最終的には私が異動するか否かを判断することになりました。
正直、戸惑いました。新規営業チームでMVTを獲ることを目指し、チームの皆さんと苦し楽しみながら走れるようになってきたところだったから。
なぜ自分が人事部門へ異動を打診いただけたのか質問したところ、山口さんの答えは、意外なものでした。

「金光さんは、人のことで喜んだり悲しんだりできる。そういう共感をできる人、心が反応してしまう人が、PR TIMESのリーダーであるべき」

メンバーが成長する瞬間に嬉しくて目頭が熱くなる。メンバーがうまくいっていなくて辛そうだと、その気持ちを想像して私も辛くなってしまう。そして「私がトレーナーだからだ。他の人がトレーナーだったら、もっとうまくいっているんだろうな」と自分がしんどくなる。そういう自分の感情の動き方を、ずーっと「邪魔だな」と思っていたんです。仕事に集中させてくれ、と。

しかし、それが可能性だと知った瞬間でした。ずっとネガティブに捉えていた自分の資質を、PR TIMESではポジティブに生かすことができる。
それならば、自分の可能性に賭けてみたい。

異動を決意するまでも葛藤の日々でした。人事経験のない自分が異動し、0からの挑戦の躊躇。そして一番の葛藤は、新規営業チームのメンバーの皆さんです。下期はMVTを本気で目指していこうと言いながらも、途中で異動するリーダー。自分がメンバーだったら「何しているの?」と思ってしまうなと。それでも、最後まで自分の姿勢を貫いていこうと決めました。

私は数字や結果でチームを勝たせることはできませんでした。だから一人前のマネージャーではないと思っています。
一方で、チームの皆さんへ真摯に向き合うことだけは、忘れた日はありませんでした。チームに良いことばかりを言う都合の良い人ではなく、チームの課題、そして自分がリーダーとしてできていないことを毎週の定例で全員に率直に伝えることもありました。
そんな姿から「背中で見せてくれて励まされます」そんな言葉をくださった方もいました。

だからこそ「営業部門は、PR TIMESにおいて組織を横断して活躍できる人材を輩出できる部門であるべきです。私は人事という新しい領域にチャレンジするので、お互い頑張りましょう。」と最後まで背中で見せると決めました。
信じて、飛び込もう。そう決めました。

2026年1月16日、採用育成グループへ異動。6ヶ月が経過しました。
今、私は新しい場所で、また「できない自分」に直面しています。内定辞退のご連絡をいただくたびに、力不足を痛感します。でも、もう昔のように立ち止まることはしません。

Willすら書けなかった私が、チームのメンバーとの歩みに喜び苦しみ悲しみまた喜ぶそんな日々を積み重ねて、覚悟を知って、ここまで歩いてきました。

だから、今何かに悩んでいる誰かに伝えたい。
マネージャーになりたい、昇進したい、という言葉に身構えなくていい。お客様のために、仲間のために、誰かに矢印を向けた時にエネルギーが溢れるなら、それで十分です。
その感情は、邪魔じゃない。むしろ、あなたの一番の武器になる。私は今日もそう信じて進みます。