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[PR TIMESカレッジVol.5]ブランドの熱狂的なファンを「広報・PR」でどう生み出すか(Part.1)

  • 原 謙太郎(株式会社ヤッホーブルーイング よなよなエール広め隊 ユニットディレクター)
  • 遠藤 さちえ(湘南ベルマーレ 広報)
  • 南 麻理江(ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン株式会社 編集者・ピープルディレクター)

DATA:2019.08.02

PR・コミュニケーション領域の最新動向が学べるコミュニティイベントとして18年2月から開催している「PR TIMESカレッジ」。これまで、「共感を生むコミュニケーション」「PR思考」といったテーマを軸に、アマゾン・ジャパン、カルビーといった企業の広報担当者や、菅本裕子(ゆうこす)さん、キングコングの西野亮廣さん、フェンシングの太田雄貴さんといったゲストを登壇者として招き、様々な側面からPR・コミュニケーション領域の考察を参加者と共に深めてきました。

第5回目となる今回は、湘南ベルマーレの広報・遠藤さちえさん、ヤッホーブルーイングのよなよなエール広め隊(広報)・原謙太郎さん、そして、モデレータにハフポスト日本版の編集者・ピープルディレクター・南麻理江さんをお迎えし、「熱狂的なファンを生み出すパブリックリレーションズ」をテーマに、3者によるプレゼンテーションとパネルディスカッションを開催。会場となった六本木ヒルズには、スタートアップから上場企業まで150名あまりの広報担当者が訪れました。

今回のPR TIMESカレッジでは、「熱狂的なファンの生み出し方」について、どのような学びが生まれたのでしょうか。三本立てとなるレポートの本稿、Part.1では、三者のプレゼンテーションの模様をレポートしていきましょう。

5000人のファンが集結!『よなよなエールの超宴』とは

長野・軽井沢に本社を置くヤッホーブルーイング(以下、ヤッホー)は、クラフトビールのトップメーカーとして、「よなよなエール」「水曜日のネコ」「インドの青鬼」を始めとする様々な製品を製造・販売しています。「ビールに味を!人生に幸せを!」をミッションとする同社では、10種類以上の個性的なクラフトビールを販売しており、14年にわたって増収増益を記録。そんなヤッホーが重視しているのが、「ファンづくり」を軸にしたコミュニケーションでした。


原:ビール市場は、大手5社のシェアが99%となっており、クラフトビールの市場は1%に過ぎません。そこでヤッホーでは、製品を圧倒的に尖らせ、ターゲットはギリギリまで狭く捉えています。「賛否両論大歓迎」というスタンスを取ることによって、100人に1人の熱烈な支持を獲得しています。

僕らが目指しているのは、「ユーザー」ではなく「ファン」や「仲間」をつくる活動です。顧客に感動を提供することによって、ブランドを好きになってもらうばかりではなく、「推奨者」になってもらうような活動を展開しています。

ヤッホーブルーイング 原謙太郎さん

ヤッホーでは、熱狂的なファンを「周囲に推奨してくれる人」と定義。「推奨度(NPS)」と「熱狂度」の両方のをリサーチし、そのスコア向上を図ることで、“よなよなエール伝道師”になってもらうことを目指しているそう。原氏によれば、都内の個人タクシー運転手で、よなよなエールを乗客にアピールしてくれる人もいると言います。

そんな、同社のマーケティング活動を象徴するイベントが、毎年行われる『よなよなエールの超宴』。このイベントは、参加者全員による乾杯から始まり、ミュージシャンによるライブ、キャンプファイヤー、クイズ大会、じゃんけん大会などが行われ、昨年は、総勢5000人のファンが集結。チケットも即完売という盛況ぶりでした。さらに、ヤッホーのファンたちは同社が企画するイベントに飽き足らず、自発的にファン主催のイベントも開催しています。熱狂的ファンたちが、ヤッホーの生み出すクラフトビールを「自分のブランド」として認識している様子がうかがえます。

よなよなエールの超宴2018
同イベントに参加されたゲスト

一方で、マスメディア向けの広報活動としてはどのような取り組みを展開しているのでしょうか。他に類を見ない独自展開として、原さんが紹介するのがメディア関係者を招いた『メディア宴』というイベント。ヤッホー流のカジュアルな宴を開催することによって、メディア関係者も「ファン」に変えていく。ただし、そんな「ファン戦略」の背後には注意しなければならない点があると原さんは語ります。

原:どうしても、ファンに向けたコミュニケーションは、単なる内輪の盛り上がりに見えてしまう恐れがある。それを防ぐため、パブリック向けの発信をするときには、尖ったアウトプットの裏にある、意図や戦略をお伝えするように心がけていますね。

ヤッホーによるファンを生み出すための広報は、「コトラーアワードジャパン2018」の最優秀賞にも輝くなど高い評価を獲得。創業から22年で、多くのビジネスパーソンが注目する企業へと成長しました。

選手たちの情熱に負けないベルマーレの広報力

サッカークラブ「湘南ベルマーレ(以下ベルマーレ)」でチーム広報を行う遠藤さんは、PR TIMESのインタビューでも語っているように、「サッカーチームで働きたい」という熱意から、ベルマーレに“押しかけ入社”したという異色の人物。外国人選手の通訳・マネージャーなどを担当した後に、広報を手がけるようになった彼女は、広報に就任する際、クラブの社長から言われた言葉がいまだに記憶に残っていると語ります。

湘南ベルマーレ 遠藤さちえさん

遠藤:『広報はクラブのライフラインだ』と、社長から言われたことは今でも印象に残っています。メディアにとって、広報は「玄関」のような場所。社長よりも広報の顔が浮かぶことも少なくないですよね。
広報担当者にはさまざまなスキルが求められますが、いちばん大切なのは『熱意』を持って伝えること。ベルマーレの曺 貴裁監督は、サッカーに対する取り組みについて『義務感よりも努力でやること。努力よりも好きになってやること。好きになってやることよりも夢中になってやることが最強だ』と話しています。選手たちは、毎日夢中になってサッカーに打ち込んでいる。そんな選手たちを支えるフロントスタッフは、彼らの情熱に負けてはいけないと思うんです。

湘南ベルマーレの選手たち

また、遠藤さんは広報に限らず、仕事をする上で大切なことを「想像力」と「親切心」、そして「実行力」であると語ります。その背景には、ある人物から言われた言葉が影響しているそうです。

遠藤:以前、マネージャーとして勤務していたときに、多くのサッカーチームが絶賛するホテルマンに出会いました。彼にお願いをすると、必ず想像以上のものが返ってくると評判だったんです。ある時、その方とお話をすると、仕事のコツとして『面倒くさがらないこと』と即答しました。
想像力と親切心を持てば、相手が困っていることに気づくことができます。しかし、気付いたとしても、それをやるかどうかは大きな違い。やらなければゼロと同じですよね。想像力と親切心を働かせ、最後は実行力でやりきることが大事だと思っています。

また、ベルマーレの情熱を支えるのは、ベルマーレ自身が大事にする理念だと遠藤さんは言います。全社員が理念を語るにあたって、大きな役割を果たしてきたのがベルマーレの「スピリットブック」です。初めて作成した2015年当時は、全社員に加え、サポーターやスポンサー企業にもインタビューを行い、クラブの課題や今後持つべきビジョンについて、さまざまな声を集めたといいます。


遠藤:私たちは、メディアの方やスポンサーとお会いする際だけでなく、選手獲得のときにも「スピリットブック」を活用しています。本日参加された皆様の中でも、「理念はあるけどなかなか伝わらない…」という方がいらっしゃれば、分かりやすく言語化する素材を作ってみるのも素晴らしいことだと思います。
理念を浸透させるのは難しいですが、広報担当としては、誰よりも理念を信じて行動することが、とても大切なのでは、と思います。

熱意を持ってスポーツに取り組むアスリートの背後には、アスリート並みの熱意と実行力を持って仕事に取り組んでいる広報担当者の存在がありました。そんな遠藤さんのマインドは、会場に集った多くの広報パーソンたちの心を動かすきっかけになったのではないでしょうか。

記事の全てが「ブランドアクション」メディアにも不可欠なPR発想

プレゼンテーションの最後に登壇したのは、パネルディスカッションでモデレータを務めるハフポスト日本版(以下ハフポスト)で編集者を務める南麻理江さん。博報堂DYメディアパートナーズから、月間2000万のユニークユーザー数を誇る同社に転職した南さんは、ニュース記事の編集をはじめ、イベントの企画、書籍編集などを手がけている人物です。

「広報」というと、商品やサービスを提供する企業側のことが頭に浮かびますが、南さんは「メディア側でも、エンドユーザーやステークホルダーに対して、どのように関わればメディアを好きになってもらえるかを考えている」と、メディアにとってもPR的発想は不可欠であると語ります。

南:ハフポストにとって、ひとつひとつの記事がブランドアクションであり、読者からジャッジされているという意識を持っています。ハフポストが大切にしている思いが「Conversation starts here」。速報性だけを大切にするのではなく、情報を受け取った人に会話が生まれる、そんな触媒のようなメディアを目指しているんです。

ハフポスト日本版 南麻理江さん

2016年にハフポストの竹下隆一郎編集長が執筆した「#飲み会やめる そしたら、人生変わる気がする」という記事は、Twitterを中心としたSNSで拡散され、多くの人々がその議論に加わりました。まさに、情報を受け取ったことによって、読者が自分の意見に気付き、発信するという触媒としての役割を果たしたケースでした。

また、同社では、近年、オフラインでの展開を積極的に推進。オンライン上ではできることが限られているのではないかという課題意識のもと、イベントや書籍出版といった活動で、画面の枠を飛び出しつつあります。


南:日本版ローンチ5周年を記念したキャンペーンの一環として、ブルーボトルコーヒーと協力し、「ハフポがコーヒーを奢ります」というイベントを企画しました。このイベントはスタートを17時に設定したのですが、これは上司の許可を得たり、家族に相談したりするなど、ちょっとしたアクションが必要な時間帯なんです。この裏には、ハフポなりの「働き方改革」を提示する意図がありました。

また、今年からは、ディスカヴァー・トゥエンティワンとともに書籍レーベル「ハフポストブックス」も設立。そこには、オンラインから飛び出すことによって新たな読者に出会いたいという気持ちがあります。普段ハフポストで提供しているのは無料の記事ですが、私たちのコンテンツに1500円払う読者はどんな人なのか? そんな人に出会い、仲間になってみたい、という思いから書籍出版に踏み切っています。

では、情報が溢れる現代において、生活者に情報を届けていくためにはどうしたらいいのでしょうか? プレゼンテーションの最後に南さんが語ったのは、受け手に対する「想像力」でした。


南:SNSなどで簡単につながってしまう時代だからこそ、大事にすべきは「相手はどんなことを聞きたいか?」という想像力を働かせること。それによって、「自分の言いたいこと」を「相手が聞きたいこと」に変換していくことが大切なのではないかと思います。

                   ・・・

以上、PR TIMESカレッジのレポートPart.1では、登壇者のプレゼンテーションを中心にご紹介させていただきました。Part.2では、パネルディスカッションの内容を中心に、熱狂的なファンを生み出す具体的な施策や、ファンを獲得していくまでのプロセスについてレポートしていきましょう。

特設サイト:PR TIMESカレッジ

取材・文:萩原雄太 撮影:近澤幸司