行動者たちの対談
CROSS TALK 04
DATA:2019.02.19
テクノロジー、そしてスタートアップというカテゴリーにおいて世界的な知名度と読者数を誇る米国発のメディア「TechCrunch」。2006年には本家の翻訳記事の配信と国内のスタートアップのフロントラインを追いかける国内版として「TechCrunch Japan」をスタートさせた。
同メディアの特長は、オンラインの情報発信に加え、イベントというオフラインの場でもスタートアップ業界の「今」を知ることのできる機会を自ら積極的に生み出している点にある。媒体の名を冠した「TechCrunch Tokyo」は、日本最大級のスタートアップ・テクノロジーの祭典として例年盛況を呈する。
8回目を迎えた今回は、去る2018年11月15日・16日の二日間、東京の「渋谷ヒカリエ」で開催。初めての試みとして現地から国内外に向けたライブ配信が行われた。その取り組みに「ビデオストリーミングパートナー」として選ばれたのがPR TIMES LIVEだ。当日までのアレンジメントをPR TIMESの三島映拓(みしま あきひろ)が、現場での指揮と編集のすべてをホーグエン・バオが担当した。
今回は「TechCrunch Japan」の編集統括であり、総責任者としてイベントを成功に導いた吉田博英(よしだ ひろひで)さんをゲストに迎え、プロジェクトの裏側を振り返る。
吉田 博英
Verizon Media / Oath Japan株式会社 TechCrunch Japan編集統括
95年にアスキーへ(現・KADOKAWA)入社。アップル系の総合月刊誌「MACPOWER」「Mac People」編集部などに所属したのち、「Mac People」編集長、「週刊アスキー」編集長などを歴任。2018年8月より「TechCrunch Japan」編集統括を務める。就任から僅か3か月で、第8回TechCrunch Tokyoの総指揮を務めた。
三島 映拓
株式会社PR TIMES 取締役 経営企画本部長
2005年に総合PR会社・ベクトルグループへ入社し、2007年4月のPR TIMESサービス開始と同時に株式会社PR TIMESにジョイン。カスタマー対応やサービス運営等からスタートし、PRプランニング・サービス企画運営などを経験。現在は、経営企画本部で事業開発、アライアンス、M&A、広報、採用、社内活性など多岐にわたる業務を遂行している。
ホーグエン・バオ
株式会社PR TIMES 経営企画本部 事業開発グループ PR TIMES LIVE/TV担当
楽天でマーケティングやCM制作業務を経て、2017年にPR TIMES入社、現在の経営企画本部 事業開発グループに所属。PR TIMES TV/LIVEのコンテンツ責任者を務め、動画の撮影・編集・配信まで一連の業務を担当。Tech Crunch Tokyoにおいても、初の国内外同時配信の成功に向け、すべての動画撮影/編集を担った。
第8回のTechCrunch Tokyoを終えられての率直な所感をお聞かせください。
吉田:とにかく「やりきった」という思いが第一の感想です。イベントが始まった8年前は600人程度だった来場者が今では2500人を超え、今年はチケットの売り上げも過去最高となりました。開始時間は平日の朝9時、一般チケットも1枚4万円という価格で、決して“簡単な”イベントではありませんでしたが、最初のセッションから満席で、それはとても嬉しいことでしたね。
三島:私たちも当日の盛り上がりを体感して、改めてTechCrunch Tokyoという祭典のブランド力を感じました。本当にお疲れ様でした。特に吉田さんは、18年8月にアスキーからTechCrunch編集部に参加されたばかりでしたよね。いきなりこの規模のイベントづくりというのは相当な苦労があったんじゃないですか?
吉田:ええ、それは…もう(笑)。本来であれば4月から準備を始めて、夏前には本格稼働しスピーカーの手配をやるものだったそうなのですが、組織の入れ替えもあり、私が入った8月の時点でスピーカーも1人しか決まっていないという状況でした。
バオ:そうだったんですね。 そんな短期間で豪華なゲストを揃えてイベントを開催されたことに驚きです。お聞きしたいんですが、吉田さんはそもそもなぜアスキーからTechCrunchにいらっしゃったんですか?
吉田:きっかけは、当時機動力を失いかけていた編集部を立て直してほしいと声をかけられたことでした。ですが、私自身も環境を変える良いタイミングだと思ったんです。KADOKAWA/アスキーに入って、取材や執筆、編集から人の上に立つ仕事まで一通りこなしてきましたが、編集長になって自分が動かずともマネジメントだけこなしていればよい状況に、少し物足りなさを感じていたのかもしれません。
三島:プレイヤーでいたかった、と。
吉田:そうです。編集者ってマネジメントに徹してしまうとどんどん感覚が鈍ってくるものなんですよね。私はアスキーも大好きでしたし、きっと定年まで働くだろうと思っていたんですが、やっぱりプレイングマネージャーでいたかった。TechCrunchは同じメディアでもマネタイズの仕方も違いましたし、何か新しいことを開拓できる余地があるのではと思ったんです。今回のように大きなイベントを作れるのも魅力でした。
お話を伺っていると、開催当日を迎えられるまでにたくさんの苦労がおありだったようでした。当時の様子をお聞かせいただけますか。
吉田:過去のイベントのルールやセオリーがない中で、編集部側の作業が多いことにびっくりしましたね(笑)。TechCrunch Tokyoはこれまでノウハウが属人化していましたし、社内の人間もバタバタしていて引き継ぎをする余裕もなかったでしょうから、私も自分でルールを作ることからスタートさせました。昨年のビデオもあったのですが、敢えてそれは見なかったんです。やはり「新生TechCrunch」として何か変わったという変化も見せなければならなかったので、プレッシャーもありましたが、影響を受けないように自分のスタイルを貫きました。
三島:なるほど。とは言え、吉田さんも編集統括としてTechCrunchにジョインしたわけですから、イベントのことだけを考えておけばいいというわけでもありませんもんね。
吉田:はい、当然媒体も見ないといけません。アスキー時代からスタートアップコミュニティについて取材活動はしていましたが、投資家やVCの方との接点がなかったのでそうした関係性作りも同時進行で進める必要がありました。これまで取材からマネジメント、イベントまでいろいろな仕事を経験してきましたが、初めて踏み入れる世界でもあったので、怒涛の日々でした。
バオ:準備期間中、一番大変だったことは何ですか?
吉田:やはりゲストの決定ですね。とにかく時間がありませんでしたし、直前に出演のキャンセルが出たこともあって苦労しました。ただ、今回イベントが成功した一番の要因は、そんな中でも最終的に素晴らしいゲストを招くことができた点が大きいと思います。新生編集部としても注目していた自動運転・AIの分野からToyota AI Venturesのジム・アドラー氏、そして100億円キャンペーンの前にPayPayの代表取締役社長CEOである中山一郎氏と取締役副社長CTOのハリンダー・タカール氏という二人のキーパーソンをお呼びできたことは、タイミングとしても絶好の機会だったと感じます。
三島:セッションも話題性のあるテーマが目白押しでした。
吉田:ブッキングをしながら、毎日何かしらの事件は起きていましたが、それでも感じたのはTechCrunchというブランドの強さです。特に海外のスピーカーに交渉する際には「あぁ、TechCrunchだね」とすんなり話を聞いてくれることが多かった。Twitter社にプロダクトリードのケイヴォン・ベイポー氏の登壇を掛け合った時も、日本は同社にとっても第二の市場ということもあり、交渉には時間がかかりましたが、実際に参加していただくことができました。国内でもスタートアップコミュニティや投資家の方々の間でも浸透しているメディアですし、既存のTechCrunchのブランドはしっかり維持しなければと思いました。
現地の様子をライブ中継したのは今回が初の試みだったとのこと。何かきっかけがあったのでしょうか?
吉田:9月頭にTechCrunch USが「Disrupt」というテックカンファレンスを開催したのですが、その一部をAPAC地域のYahoo!が中継したんです。それが好評だったようで「アジアの人たちはきっと興味があるから」と、イベントを中継してくれと言われました。ただ、それもギリギリのタイミングで…。
三島:お話をいただいた時点では、すでに開催1カ月を切っていましたよね(笑)。
吉田:ええ、無茶ぶりですよね!(笑)。当初は各国から撮影スタッフが来日して配信をするのかと思っていたのですが、どうやらこちらで映像を用意してそれを各国に配信するということが分かり、相談させてもらいました。
三島:吉田さんがかなりお困りだったのは感じていたので、我々もとにかくスピーディにやることにこだわりました。困っている人にとって待っている時間は不安以外の何物でもないはずだと思ったので。それに「日本のスタートアップシーンを盛り上げていこう」という理念には我々PR TIMESも大いに賛同していたことから、TechCrunch Tokyoには長年当社もスポンサードさせていただいていましたので、やれる範囲のことであればぜひと手を挙げた次第でした。
吉田:今振り返っても、あのスピード感はなかなか実現できないものです。
三島:基本的にコミュニケーションは即レスを徹底しましたし、オフィスが同じビルにあることも大きかったですね。何かあればすぐに相談できて、急なミーティングもできました。あとは本番当日のオペレーションをしっかり準備することが我々のミッションで、その点はバオにまず技術面で問題ないか確認しました。
バオ:今だから言えますが、私はまず「やります。自信もあります!」と言って、それから調べるタイプです(笑)。でも、そうしたことは言ってしまえばいいと思っています。あとは準備して実現してしまえばいいわけですから。今回は初めてチャレンジしたことも多かったのですが、事前に効率的な段取りを設計したり、楽しくやれていましたよ。
三島:確かにPR TIMES LIVEというサービスにとっては非常に大きなチャレンジをいただいた機会でした。PR TIMES LIVEは、企業やスタートアップが行う記者発表会をオンラインで生中継することで、時間的制約や場所的制約を解消し、記者がいつ・どこからでも取材ができるような仕組みを作りたいと始まったサービスです。これまでも1〜2時間の動画配信は行ってきましたが、今回は1日約9時間という長さに加え、ホールも複数あったことから、設置しているカメラの台数も多かった。おまけに国内と海外向けで日本語と通訳音声を分ける作業など、整理しなければならない要素も少なくありませんでした。ベストを尽くしながらも、もし万が一何かトラブルがあれば土下座しようと腹を括っていました。
吉田:土下座!(笑)。そう言えば、バオさんには各国の担当者とのやりとりまでお願いしていましたよね。助かりました。
バオ:シンガポール、インド、台湾、香港と計20人ほどの人とやりとりしていて、私も誰がどこの国のスタッフか分からなくなって「やばいなぁ」と思うことはありました(笑)。ただ、なかなか海外の方と仕事をする機会もなかったので新鮮でしたし、LINEでやりとりしながら「お疲れ様でした!」と言い合う瞬間は「チームになっているな」と感じましたね。
NEXT
立場や役割を超えたとき、チームが生まれる。「限界」が教えてくれるもの当日の様子についてもお聞かせください。現場で指揮をとっていらっしゃったバオさん、いかがでしたか?
バオ:動画配信の仕事はこれまで何度も手掛けてきましたが、あんなにたくさんの機材を使ったのは初めてだったかもしれません。スタートからラストまでずっとイベントを見ていたので、できるだけ飲まず食わずで、集中できるようにしていました。人生で一番長い撮影でしたが、なんか生きてるなって思いましたね(笑)。私自身、TechCrunchの価値をどうすればもっと広められるかという思考に変わったのは、とても大きかったです。
三島:前日までどれだけ準備していても、やはり当日新たに対応しなければならないことは多数ありました。私もライブ配信の視聴者としてチェックしていたので、バオには「このカットが少ない」とか、「どこかにPR TIMES LIVEのロゴを入れないと生中継だと分からない」とか、いろいろな要望をSlackで随時伝えていました。バオはとにかくそれに即レス。「いいよー!やるよー!」と。ちょっと殺気立っていたくらいです(笑)。
バオ:トラブルはすぐに潰して、要望はすぐに対処しました。対応すればもう何も言われませんから、モグラ叩きのようにどんどん叩いていきましたね。
三島:実際、リアルタイムで閲覧数を確認していると5000、6000、気づけば数万人が見ていて、その時に改めて「すごいイベントなんだ」と実感しましたし、そこに携わらせていただいていることが光栄でした。
吉田:現地でのスピーディな動きと言えば、2日目の後だけでなく、1日目も当日のうちに動画を編集してダイジェスト版を作ってくださいましたよね。めちゃくちゃ速くて、あれには感服しました。
バオ:ありがとうございます。少人数のチームでやっていたので、編集とテキストの用意を分業して、その場で制作しました。当初は1日目のダイジェスト版の制作予定はなかったのですが、急遽作ることになって。と言うのも、私も現地で見ていて、TechCrunch Tokyoというイベントで発信されている情報の価値の大きさを感じて、とにかくこの面白さをその場その時だけで終わらせてしまうのはあまりにももったいないと思ったんです。
三島:1日目の盛り上がりを2日目につなげたいという思いもありましたし、イベントって終わってしまうと過去のものになってしまうのが惜しいので、メンバーの総意でした。TechCrunchのみなさんをはじめ、我々もスタッフとしてイベントに携わらせていただく中で、持ち場は違えど「イベントを成功させる」という共通のゴールがあって、そのためには各人が何を優先すべきかを考えるという思考がどこかでインストールされていたんだと思います。だからこそ、イベントの動画を二次コンテンツとして活用するなら絶対にタイムリーに出すべきだと考えました。
バオ:「今出したんで、何か問題があったら言ってください!」と(笑)。
三島:振り返るとあの時は発注・受注という関係性は意識していなくて「チーム」としての感覚がとても強かった。自分自身がイベントオーナーだったら、と考えて走ったのがチームワークにつながったと感じます。
吉田さんにも、当日を振り返っていただいての感想をお聞きできればと思います。
吉田:先ほど三島さんからも「チームワーク」という言葉が出ましたが、その存在に助けられたことがたくさんありました、USから来日していた記者がものすごいスピードで目玉企画だった「スタートアップバトル」の結果を記事にしてくれましたし、たくさんの人を巻き込んで、力を出し合ってもらうことで、「自分の限界=TechCrunch Tokyoの限界」にならず、大きな器でイベントを成し遂げられたと思います。社内のスタッフにもいろいろなシーンで関わってもらいましたし、会社としても達成感がありました。
今回のような成功に結び付いた要因はどこにあるのでしょうか?
吉田:ちょうど編集部の立て直しも重なり、周囲に助けを求め、社内外共に巻き込んでいったことが大きいと思います。自分たちだけで出来ると思わず、早い時期から関わってもらいました。反省点もたくさんありますが、私自身も、初日より二日目のほうが成長できたような実感がありましたね。
バオ:こういうきっかけが無いと、なかなか自分の限界を知ることはできないですよね。とても大変でしたが、終わってしまうともう一度やりたくなります。
吉田:そうですね。自分の限界が見えて、それを乗り越える術が分かったような気がします。私も20年編集の仕事を続けてきて、多くのことを経験してきましたが、今回のイベントでまた先の目標が見えましたし、もっとこうしたいという意欲が復活しましたね。
三島:確かにイベントが終わった後、吉田さんが初めて挨拶した時とは全く印象が変わった!と感じました。
吉田:自分にはまだ伸びしろがある、もっと上にいける、という気持ちになれたことが一番大きかったかもしれません。
今回のイベントをきっかけに、みなさんまた次のフェーズへと進めそうですね。
三島:当社としては、これからも各地で生まれる「新しい動き」を情報として世の中に出す際のプラットフォームになりたいと、改めて思いました。今回TechCrunch Tokyoで登壇した方々のような存在を知れば、誰しも「こんなに頑張っている人がいるんだ」とハートを揺さぶられ、「自分も何かにチャレンジしてみよう」とアクションを起こすはず。それが連鎖反応となって、社会全体がもっと前進するための役割を担っていきたいですね。
実際にPR TIMES LIVEのサービスにとっても、可能性は広がりました。単なる動画配信サービスではなく、ダイジェスト版まで編集してワンパッケージで提供でき、地方の記者だけでなく海外からの取材を受けるチャンスになることも分かりました。動画の流通が今よりもさらに加速する時代がきたときに、その時代を後押しできるように関わっていければと思っています。
吉田:限界を超えたという点では、私も次のステップに進めるきっかけになったと感じています。今年はスタートアップコミュニティを支援するということはもちろんですが、TechCrunchとして新しいことにもチャレンジしていきたい。今回のようなイベントの熱気をもっとオンラインに持ってきたいですね。
例えば、スタートアップの動きに興味を持っているビジネスパーソンは多いです。彼らを巻き込んだコミュニティづくりもしていきたいですし、トヨタやソフトバンクなどの大企業がこれからのテクノロジーをどう捉えていくのかなども追究したいです。また、地方のスタートアップ活性化も積極的に行っていきたいです。
バオ:次のTechCrunch Tokyoが今からとても楽しみです!
吉田:開催前までは「早く終わってくれ!」という一心でしたが、次回の目標もできました。年に2回くらいやりたいくらいですよ(笑)。
取材・文:田代くるみ@Qurumu 撮影:高木亜麗