CULTURE 30

逆境では自分のスタンスを変え“予想を裏切り、期待を超える”【真輔塾・前編】

  • 山田真輔(やまだ しんすけ)(執行役員 兼 Jooto事業部長)

DATA:2023.09.08

当社では、共に働く社員が経験してきた過去の葛藤や失敗、それを乗り越え学んだことなど、その人ならではの経験をシェアする学びの場を「PR TIMES塾」として開催しています。

第7回目となる今回は、2022年に執行役員に就任したJooto事業部長の山田真輔さんが塾長を担当。毎日ご機嫌で「感情やパフォーマンスに起伏がない」安定感のあるビジネスパーソンと評されている山田さんに、これまでのキャリアストーリーや、忙しい中でも不安定にならないための“ご機嫌メソッド”についてお話しいただきました。このレポートでは、塾の内容を一部ご紹介します。

山田真輔(やまだ しんすけ)

山田真輔(やまだ しんすけ)

執行役員 兼 Jooto事業部長

滋賀県出身。2010年にマクロミルに新卒で入社。同社でセールスマネージャーとして新組織の立ち上げを行う。その後、デジタルマーケティング部門マネージャーとしてサービス開発を担当。20年に教育系ベンチャー企業の取締役COOに就任。21年2月末よりPR TIMESに入社し、タスク・プロジェクト管理ツール「Jooto」事業部長としてビジネスを推進。22年4月より同社の執行役員に就任。趣味は人間観察で、アニメとゲームが好き。3人の子育て中。

多世代とのコミュニケーションで価値観をリフレッシュ

山田真輔(以下、山田):僕自身あまり不機嫌なことがなくて、今日はその秘訣とかについてお話しようかと思います。前回の塾長が三島さんで、好評だったと聞いているのでちょっと荷が重いのですが…(笑)よろしくお願いします。

まず自己紹介ですが、今の僕の頭の中は、大体半分くらいがJootoとPR TIMESのことを占めています。あとは家族や友達、あとはスポーツ漫画が好きなのでその辺りと、赤坂見附のいきなりステーキに週3、4位行っているのでそれも入れておきました(笑)

仕事がすごく好きで、日々の半分くらいは仕事のことを考えている人です。家族や友達ももちろん大事なのですが、仕事のことの比重が大きいかもしれないですね。先月3人目の子供が産まれて、5人家族です。

あとプライベートでは、あんまりお酒飲めないんですけど、プロ飲み師の方に弟子入りしたりして(笑)。これは何をやっているかというと、コミュニケーションの研究をしているんですね(笑)バックグランドが全然違う人達と、会話する時間を作っています。学生時代とかだと年次が違う人たちとの接点も多かったと思うのですが、ビジネスパーソンになってから、あとはコロナの影響もあり、普段関わらないであろう人たちと会話をして価値観を交換する機会が減ってしまったと思うんですよね。そうすると考え方や価値観が固まってしまい、それに対しすごく閉塞感を感じたので、なるべくバックグラウンドを知らないような、さまざまな世代の方達と、答えがないものに関してディスカッションしたり会話をしたりすることを楽しんでいます。

入社当時から変わっている?いい意味で型にとらわれない考え方

ちょうど一年前に入社したのですが、今日の準備に際して、当初の頃の自分の評価をJooto事業部のメンバーに聞いてみました。返ってきた意見は「悪い意味ではないけどふざけている」「いい感じに適当」、あとは「型にはまらない」など。1on1の時のエピソードなのですが、あまり会議室以外のところで話す文化がないのを知らず、会社近隣のカフェに行ったら、みんながちょっとびっくりしていて。

あとは個人的に、その人が実際何をやっているのかを観察するのがすごく好きなので、まずJootoに入った時にもひたすらお客様のJooto活用シーンを観察していました。そうすると仕事してるんだか、していないんだか分からなかったみたいで「このひと大丈夫かな?」と思ったと言われました(笑)

Jooto事業部のメンバーからの、初めの頃の評価
代表の山口さんとも1on1をさせてもらったので聞いてみたのですが「初動を間違えない」「Factを見て動く」「相談する頻度が一定」とのこと。一言でいうと「感情やパフォーマンスに起伏がなく、一定な人という感じかな」と言っていただきました。現在の評価としては、基本的に最初の印象と変わらない、という感じでしたね。つまり、最初から素のままなんだ、という印象なのかと思います。

リーマンショックと重なった、就活時代

僕のキャリアについてですが、同志社大学を2010年に卒業しました。2009年にリーマンショックがあって、いろいろな採用活動などが取りやめになり、大変な時期でもありました。大企業は新卒採用自体をやめたりしていたのですが、僕はベンチャー思考だったので、あまり影響を受けませんでしたね。

そして、当時、創業から最短での上場記録を持っていたマクロミルという会社に入りました。当時のことを振り返ると、同期の10人中一番受注も遅かったと思いますし、そこから成果を上げるのにも時間がかかったんですよね。4月に入社して1年3カ月くらいは目標未達だったのですが、行動量とかが伴っていないわけでもなくて、単純に結果が出なかったという時期だった気がします。

さまざまな変遷や紆余曲折はあり、競合他社との合併で、いきなり違うカルチャーを持った社員が4社くらい集まることになってしまった時期もあって。3カ月に1回は上司とチームが変わっていくような環境でした。おかげで環境の変化にはかなり強くなったと思います。

転職のきっかけは突然に 自分の直感も大切にする

それから3年目で全社表彰いただき、6年目で初めてマネージャーに。8年目で50~100人程いるマネージャーの中からMVPをいただいて、一日一日をがむしゃらに生きていました。前の会社のことはすごく好きでしたし、ずっとこのままいるのかなと思っていたのですが、ある日突然、大学時代の友達から電話が来て、飲みに行かないかと誘われたんですよね。卒業して10年間会ったことがなかった人だったので、なんとなく「一緒に何かやろう」みたいな話じゃないかとピンと来たんですよね。そしたら、本当にその通り「一緒に会社やらないか」という話で。その誘いをもらって、このまま会社に残るのがいいことなのか、今考えても判断できないなと思ったんです。理性的に考えれば残った方が良いのは分かっていたのですが、僕はその場で会社の上司に「やめます」と連絡しました。

そこから株式会社エム・マーケティングの取締役COOとして入社し、取締役の任期である1年が終わるころ、リファラルのお声がけをいただき、どうしようかなと考えていたタイミングで、代表の山口さんとお話しさせていただく機会があって。それで社内の方とも会話する機会もいただく中で、すごくピントが合うと感じたんです。

元々Jootoを利用していて、良いサービスだなと思っていたこともあり、自分が良いサービスだと思っているものを商材に、一緒に働きたいと思える人たちと働けるという環境であること。それもPR TIMESに入社を決めた理由でした。

人生のターニングポイントになった5つの出来事

学生時代

ここからは僕にとってターニングポイントになった、6つの出来事についてお話したいと思います。僕は中学校まで9年間野球をやっていて、外野を守っていました。地区大会の準決決勝で自分の守備位置が原因でエラーをして逆転負けしてしまったんですよね。中学校で1回しかない、勝つか負けるかという局面で自分の責任で負けたのが当時はかなりショックで。その中でも「がんばったよな」と声をかけてくれる人もいて、自分だったらそういう風に思えないかもしれないと思いました。取り返しのつかないことって、誰もやろうと思ってやるわけじゃないけど、その経験で、なるべく自分も人を許せるようになろうとすごく思ったんです。そういう価値観に変わった、最初の大きな出来事でした。

就活時代

次は就職活動の話。うちは祖父が起業家で、親類にも自営業の人が多い家系でした。父は大手企業に勤めていたのですが、僕は長男であることもあって、小学生の時には家庭教師が2人ついている上に塾にも行かせてもらって、結構期待されて育ったんですね。当然両親にも偏差値の高い大学に入って、大手企業に就職して…ということを期待されていると思っていたのですが、一度、両親に打ち明けてみたら「幸せな感じで生きてくれれば何でもいいよ」と言ってくれたんです。その時に自分でいろいろと思い込んで、勝手に背負ってしまっていたんだなと初めて気がついたんです。そこから、いろいろな人に会いに行ってみて話を聞くようになりました。思い込みって危ないんだなと思ったし、自分の将来を自分で考え始めた出来事でしたね。

逆境では自分のスタンスを変えて“予想を裏切り、期待を超える”

社会人となった初めの頃に当時の上司の指示に沿って作ったものを提出したら「お前言われたことしかできないのか」と言われ、考えて自分なりに作ったものを提出したら「言われたこともできねーのか」と。

言われたことだけやっていても、言われたことができなくてもだめ。ということは、“予想を裏切り、期待を超える“ことを求められているんだなと。言われたことは着実にやって、それ以上の+αを提供しなければいけないんだなというスタンスに変わりました。

<後編へ続く>

執筆:倉本亜里沙、構成:田代くるみ(Qurumu)