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「取材に行かなければ」必然性を生み出すPR戦略のフレームワークとは――ユニバーサル・スタジオ・ジャパン 柳沢洋子氏 <PR TIMESカレッジレポートVol.4 >

  • 柳沢洋子(合同会社ユー・エス・ジェイ Brand PR Director)

DATA:2019.04.04

「世界最高」のテーマパークへ。PR戦略を抜本改革した舞台裏

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)でブランドPRディレクターを務めている柳沢洋子です。これからUSJのPR戦略、私たちのチームが編み出した“集客とPRのフレームワーク”についてお話しさせていただきます。USJの年間入場者数は、2010年度ごろから少しずつ増え始め、2016年度には1400万人を大きく超える規模になりました。

USJは2001年に開業したもののずいぶん苦戦した時期もありました。このような時代が続いたのは、USJで「何を体験できるのか」「何を得られるのか」をゲストに明確にお伝えすることができていなかったからだと思います。


他の多くの事業会社と違って、USJのようなテーマパークは「物」ではなく、エンターテイメントという「体験」を提供します。体験は目に見えるものではなく、何も手元に残りません。「USJが何かやっているけど、自分に何を与えてくれるのかわからない。だったら、もう行かない」となって、低迷期が続いてしまっていたと考えています。

このままではいけない。USJのPR戦略を抜本的に改革しなければいけない。そう考えて編み出したのが、これからご説明するフレームワークです。

「世界最高」をお届けするために。PRしたいものを“つくる”という発想

私たちUSJは、2012年ごろから「世界最高を、お届けしたい。」をスローガンとして掲げ、世界最高のエンターテイメント体験をゲストにお届けしようと努めてきました。

でも、「世界最高」って何でしょうか? 自分たちで「世界最高のエンターテイメントをお届けします」とメディアに向けて訴えても、どこも記事にしてくれません。「世界最高」と名乗るには、証拠がいるんです。先ほど申し上げたように、体験は目に見えるものではないのですが、体験した人がどう感じたのか、ひとつだけ証明してくれるものがあります。それはゲストの笑顔です。


私の例ですが、私はアメリカの野球が好きでニューヨーク・ヤンキースの大ファン。ヤンキースの試合を現地で観戦するときは、テレビで観るよりもものすごく興奮します。本当に生き返るような気持ちになって、心の底から笑顔になれます。笑顔になりたいから、心の底から感動したいから、アメリカまでヤンキースの試合を観に行くんです。

ゲストそれぞれ史上、最高の体験をして思い出を持ち帰り、「また行こう」と思っていただく。このサイクルを生み出すために「世界最高の体験を、お届けしたい。」というスローガンを打ち出し、その体験とは「ありえないスケールとクオリティに巻き込まれて、あらゆる感情便益が刺激され、活性化され、自分の殻を破ってくれるワクワク・ドキドキ体験」だと定義しました。

そして世界最高の体験を届けられるように、どんなことが「USJでの体験が世界最高だった」と信じてもらえる理由(Reason To Believe)になるかと考え、2012年ごろから「スケールが凄い」「クオリティが凄い」「差別化できている」という3点を意識し、アトラクションなどのプロダクトの企画にも参画するようになりました。スケールとはただ物理的に大きければいいというわけではなく、みんなの想像を超えるようなものであること。その世界にどっぷりと浸るためには徹底的にクオリティにこだわることが必要でしょう。そうすることで、圧倒的な差別化を実現できるようになります。

広報の仕事は、「会社がつくった商品をPRする」ことだけではないと思うんです。「PRしたいものを会社につくらせる」ことだと考えています。広報の仕事は、「利益を生み出さない仕事」と言われることもあるんですけれど、やり方次第で広報が主役になって会社の利益を創り出すこともできます。メディアが取り上げたくなるようなものを、消費者が心の底から望んでいると思うものを、広報から提案してつくっていけばいいんです。

メディアの本音とニーズを追求し、最も強い“What”を導く

ここからは、「スケール」「クオリティ」「差別化」の3点を意識してつくったプロダクトを情報発信していくためのPR戦略についてご説明します。

PR戦略を抜本的に改革してから、「国内レジャー施設」と聞いて頭に浮かぶ名前として「USJ」を挙げてくれる人が大幅に増えました。USJのマインドシェアが上がったことになりますが、関西だけでなく関東の方でも一気に上がりました。背景には関東のメディアから、たくさん取材に来ていただけたことがあります。関西のUSJへ関東のメディアが取材に来るとなると、1人3万円はかかります。それだけの心理的な障壁を越えてでも「取材に行かないといけないよね」という取材の必然性を生み出したのが、私たちのPR戦略フレームワークです。


私たちのフレームワークは、「Objective」「Target」「Strategy」「Who」「Media insight」「Media needs」「What」「How」を考えていきます。最初に考えるのは目的、「Objective」。私たちで言えば、認知度を上げてゲストの来場意向を上げることになります。同時に「Target」を考えます。誰をターゲットにして来場意向を上げるのかをはっきりさせます。USJの場合は基本的に、テーマパーク好きな女性と、小さなお子さまをもつ母親がターゲットになります。そして「Strategy」、目的を達成するまでの最短距離を考えます。

目的とターゲットを定めたら、どの媒体の誰に話を持っていけば最短距離になるのか、「Who」が見えてきます。編集長、プロデューサー、構成作家、出演者など、いろいろ考えられます。誰に持っていくかで、アプローチの仕方が大きく変わります。次に、その人の本心「Media insight」と、何があったら取材に来てくれるのか、「Media needs」を探ります。この2つが見えてきたら、どんな取材価値、便益を示せば取材に来てくれるのか、提供すべき「What」が分かります。

例えば、USJは2014年に映画『ハリー・ポッター』シリーズをテーマにした新しいエリアを立ち上げました。このとき、メディア関係者からは「それはちょっと旬ではないよね……」と山ほど言われました。この時は「興味は十分あるけれど、ハリー・ポッターの新エリアを取材する大義名分とは?」がMedia insightだと分析しました。それなら、大義名分を用意すればいい。Media needsは「ハリー・ポッターやUSJが、今の日本に必要だというエビデンスやお墨付き」になるわけです。

「日本が動く!」PRメッセージは最初に規定しマネーショットに全力を注ぐ

この2つを掛け合わせて考えた結果、アプローチする相手のメディアに、ハリー・ポッターの新エリアを取材する価値を感じてもらう必要があると考えました。そのために私たちは、オープン日を発表する記念式典に、安倍晋三首相、当時の駐日大使キャロライン・ケネディさん、アカデミー賞受賞歴をもつ映画の美術監督スチュワート・クレイグさん、日本を代表する超人気アイドルグループ、原作の映画出演俳優などがUSJに集結するよう調整を進めていきました。

このように戦略を固めていく際、事前に“PRメッセージ”を設定することが肝要です。メディア関係者や消費者がプロダクトを体験したとき、真っ先にPRメッセージを思い浮かべてもらえるようにしておく必要があります。ハリー・ポッターのときのPRメッセージは「ハリー・ポッターで、日本が動く!」でした。このメッセージはPR戦略立案時、戦術準備を始める前に決めました。そしてメディアにも発信してもらえるように、どんな記念式典を創ればいいかと逆算しました。

それでも、慎重なメディア関係者からはPRメッセージを取り上げるには「証拠が必要」と言われます。そのために、私たちが全力を注いでいるのが“マネーショット”。PRメッセージを伝えるための勝負画、決定的瞬間です。


マネーショットの訴求力を強くするには、信じてもらえる理由(Reason To Believe)を画の中に含めること、PRメッセージを思い浮かばせる演出になっていること、明快でみんなが納得できること、差別化されていて他ではみられないものであること――これら4つの条件が必要になります。ハリー・ポッターの記念式典を開いたときには、安倍首相はじめ、先ほど挙げた方々にご参加いただくことができたため、強いマネーショットが出来上がりました。

こうしたフレームワークを使って緻密に繰り返しPR戦略を展開してきたことで、本当に「日本を動かした!」といわれるようになりました。ここまで辿り着くにはもちろん、メッセージ訴求という定性面管理だけではなく、どれだけのメディアに取り上げていただくのかという定量・目標管理が伴ないます。ハリー・ポッター新エリアオープン時には、目標を大きく超える多くのメディアの皆様に取材いただけたおかげで、USJのことをあまり知らず来場意向も高くはなかった東日本からもたくさんお越しいただけるようになりました。

私たちUSJが扱っているものはテーマパークというひとつの街ですが、どんな商品でもこのフレームワークは応用できると思います。どんな目的で誰に届けたいか、そのためにはどの媒体の誰を説得する必要があるかと考えて、その人の深い意識に興味をもってください。そして「本当は何を望んでいるのか?」をとことん話し合います。ここに時間をかけて相手のニーズを汲み取り、取材価値を提供する。このサイクルを何年も何年もコツコツと回し続けていくことで、おもしろい結果を出せるようになっていくと思います。